加藤 一:編/「超」怖い話 Σ

 本棚の整理をしていてつい最近発見。
 既に9年前の本だ。
 もしかすると単に同じものを二冊買ってしまっただけなのかもしれないけれど、現状確認するのは難しい。
 とりあえず読んだ記憶のある作品は全く無く、完全に新鮮なものとして読めたのでそれで良し。

 「働く男達」3つのエピソードの内、特に最後のものは一つ一つは小さいながら嫌な怪異が相次ぎ、なかなかにきつい。原因は全く語られていないのだけれど、やはりライバルなどの存在だろうか。

 「正夢」夢、デジャヴネタのようでそうでも無い、シュールで不思議な話だ。
 一体こうした怪異、というか事件が起きた理由は何なのだろうか。何故最後に二人のところにしかも同時に現れたのか。また、一万円札が忘れられていたのはただの偶然なのか。

 「メット」怪異をきっかけに悪事に対する報いが始まる、という因果譚。
 恨みを晴らすに当たり、ちゃんとそれらしいアピールがある、というのがまた興味深い。

 「URO」UFOものかと思わせておいてまるで違う展開に。最後はまるで天災に遭ったかのようだ。その正体は一体何なのか。永遠に判ることは無かろう、と思いつつも気になって仕方ない。

 「あれが本当の」オチはともかく、実に奇妙な物体だ。エンジン音はしているようなので、生物というよりは人工物っぽい。これこそまさに「URO」だろう。
 怖い感じはしないので、とても見てみたいとは思う。

 「ナンバーディスプレイ」今の時代、本当に混線というのはあるのだろうか。しかも、その繋がった先が同じ名字(作品中の名前は仮名だとしても、相当に珍しい名字なのだろう)という可能性を考えると、現実だとしても充分に怪異レベルだ。
 電話の恐怖として根元的なものでもあり興味深い。

 「祖父図絵」似たような事例は以前聞いたことがあるものの、偶然では片付けられない恐怖を感じられる。途中で止まった、というのは絵の通りにはならなかった、ということなのだろうか。本当に何故家族以外の親族の死を望んだのか、絵にどんな力があるのかなど疑問は尽きない話でもある。

 「あいがと、あいがと」お百度参りの際にも、キリスト教聖人や仏陀の修行の時のように魔が誘惑に来る、というのは知らなかった。題名にもなっているので話の中心かとは思うのだけれど、最後の子どものエピソードは、頭を下げること=御礼と思ってしまったため、というだけのようにも思える。丁度色々理解し始める時期でもあり、初めてだったとしても不思議は無い。

 怪談というのは時間が経過しても基本的に古びることが無い、と確認出来た。
 怪異のタイプとしてはこれまでにもあったようなものでも、思わぬ展開になっているものも多く、なかなかに楽しめる一冊ではあった。

元投稿:2020年4月頃

「超」怖い話(Σ)posted with ヨメレバ加藤一(怪談作家) 竹書房 2011年02月 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る