田辺青蛙/関西怪談

 この著者もこれまで共著もので接してはいたけれど、単著は初。
 何となく女性かな、とは思いつつ決め切れてはいなかったところ、途中ではっきり女性と判る表現があり落ち着く。
 ここでも自分の経験を語る話がちょいちょい登場してくるので、どちらか判らないと困るのだ。特に女性作家は自身の体験談を語る傾向が強いように感じられるので尚更。
 全て他人の話であればどっちでも全く問題は無いのだけれど。まあ、それでも取材時の状況などを描くことなども良くあるし、そこでの映像を想像する上では判っていた方が有難い。大分絵面が違うからだ。
 どうして最近今一つ性別が判らなくなってしまったのかと悩んでいたら、著者の名前にあることに気づいた。
 この本の「青蛙」という御名前も、アーティストには字は異なるものの「星亜」という男性作家がいるので、どちらでもあり得てしまうのだ。

 単著を出すにはややネタが足りなかったのか、いかにも都市伝説といった風情の話も散見され、大分薄味ではある。関西に絞った影響もあるかもしれない。

 「家の守り神」これは怪異では無いとも思えるのだけれど、「おいえさん」といいう習慣自体が興味深い。架空の存在では無く具体的な動物を信仰の対象としているという辺りが。関東ではまず聞いたことが無い。
 また、おいえさんがいなくなっても家が落ちぶれることも無い、というのがまた面白いところ。関係なかったのだろうか。もっとも、語り手は家の内情までは知らないようだし、本当に無事かどうかは判らない。

 「明治のコレラ塚」冒頭の質屋に来るお客さんの話がまずは面白い。コレラ塚の石を買っただけでまるでコレラにかかったかのような酷い目に遭う。祟りの恐ろしさを改めて感じさせられる。確かに買った方では無く泥棒の方に報いて欲しいと思うけれど、意外と神などはこうしたところがあるものだ。とばっちり、というか。それに泥棒には何か無かった、と決めつけるものでもない。同じ目もしくはもっと強烈な祟りにあっているのかもしれぬ。

 「箪笥の中」小さい頃の記憶ではあるし、夢の可能性も捨てきれないものの、好みのタイプの不思議な話。霊というわけでもない、というのが興味深い。帯という物的証拠もあるし。ただ、この帯を小さい時に見たことがあったという疑いはある。また、夢というのは本人の認識だけなので、色や味を絶対感じない、というものではないと思う。水色が絵として表現されていなくとも、これは水色の帯だ、と認識してしまうということはあり得るので。

 「そこで見たのは」会議の途中でいきなり浦島太郎を見てしまう、というのは何とも不条理。しかも偶然や勘違いでも無さそうで、折に触れ出てきている模様。絵面を想像するとそれだけで最高。
 一体どういう存在なのだろうか。

 「うなぎ釣りの店できいた話」うなぎ釣りの店、という存在とその佇まいが既に異世界。これだけでもう充分満足出来る。
 肝心の怪異の方は都市伝説型ミステリーという感じで、祟りや化物などの類と言うよりも警察も隠している何か裏がありそう、という話。全く手掛かりがないのでそれ以上はどうにも検討のしようもない。

 「伏見稲荷にて」怪異の方は断片的なさして怖いものでも無いのだけれど、烏が蝋燭の火を持っていく、というのには驚いた。これを見間違えて怪異だと思ってしまう人もいそう。まあ、これが事実かどうかも不明ながら。

 全体にどうも書き味が淡泊。怪談の場合、これは長所にはならない。
 本当に近所のおっさん、おばはんが日常会話のついでにぽろっと妙な話を語った、というような印象が感じられる。えっ、これで終わり、というのも結構あるし。

元投稿:2020年4月頃

関西怪談posted with ヨメレバ田辺 青蛙 竹書房 2020年02月28日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る