これはベスト本。
そこはかとなく読んだようなぼんやりとした記憶がある作品が結構あった。
これは珍しい。
普段全く初見としか思えないことがほとんどだからだ。
それだけ、彼(つくね乱蔵氏)の著作は印象に残っているのだろう。強烈なインパクトがある、ということ。
とは言え、きちんとオチまで覚えている作品は相変わらず無く、どれも新たな気持ちで読んでしまえることを喜んだら良いのか悲しんだ方が良いのか。
「首吊りライン」一列に首吊りが並んでいく。偶然で片付けるのは難しそう。
そして、クライマックスの首吊り仏像たち。そんなの勿論見たことは無い。想像するだけで凄い光景だ。しかもそれが目の前で揺れ始める。ビジュアル的に一級の怪談だろう。
誰が何のためにそんなことをしたのか、本当にこれが元凶なのか。この話の外にも相当厭な話が潜んでいそう。
「鈴なりの木」勝手に他人の森に入ってきて自殺をし、挙げ句にその住人を殺してしまう。何でこんな迷惑なことを、と思わざるを得ない。
さまざまな出来事がまるで一つの結末に向けて仕組まれているかのようでもある。もし薪を持ち帰らなかったとしても変わらなかったのでは、という気もする。
不思議なのは、既に亡くなってしまっている妻としばらく会話をしていた、ということ。これは自殺者の仕業とも思えず、何が起こったというのだろうか。
「虚ろの城」展開もスピーディでドラマティックでもあり、オチも見事に決まっている。
傑作と言って良いだろう。
確かにそんなことが行われていたらろくなことにはなるまい。心の声(特に悲鳴)には素直に従った方が良いのだろう。
気になるのは、例え入居者の退去が相次いだからといって、新築後一年ちょっとのビルを解体しようとするだろうか。しかも本当にそうだったとして、そのわりにオーナーが呑気そのもの、というのも妙だ。大損害は間違いないし、もっと険しい面持ちでいるものじゃないだろうか。
「紙般若」呪いとして一級。これだけ覿面の効果があるのであれば、悪用したいと思う人も結構いるのではないか。もっとももうこの家から出ることは無さそうだけれど。
しかも、それが実は何とも粗末な代物である、というのも興味深い。この一族には何の問題も無い怖い般若の面に見えているようなのだから。
「指折り数えて」よく言われる、下手な怪談よりも人間の方が怖い、という類の話。とは言え、ここではそれがそのまま怪異に繋がっているのが面白い。
薬指が特に外的な力も加えずに折れる、などということが起きるとは思えない。しかもそれが何度でも、となるともう充分にあり得ざること、だ。
きっと魅せられてしまうのもまた呪いの一環なのだろう。いつかは最終的な悲劇が待っているのだろうか。
「十五年の影」因果応報譚というのは、悲しいものではあるのだけれど、必殺仕事人のような無念を晴らす、という開放感も味わえ結構好きかも。悪には報いが来る、ということを確認できることにもなるし。
これも妻としては一生続く刻印を突きつけられたようなもので、相当なダメージだろう。見事な復讐劇だ。それで帰ってくるわけでもないのだけれど。妻の両親に相談したところ黙殺された、というのも絶妙な伏線になっている。
ただ、この後産まれた子がどんな扱いを受けたのか、と思うと、全く期待できるどころか不安しかない。まあ、これはもうその子自体が怪異、と捉えるしかないのか。
「包囲網」こちらは逆に幸せをぶちこわすような強烈な呪いの話。こうなると前妻も呪いでおかしくなってしまったのかもしれない。
ただ、こんな事態になるまで気付かず、嫁姑問題を積極的に解決しようともしなかった語り手に一番の問題があるのではないか。マザコンの可能性も否定できない。
「ホトケの退職」念ずるだけで人を殺せる、というのは凄い能力だ。まさにデスノート。
何しろ職場の人間皆が証人だから誤魔化しようもない。やられた相手はおそらく誰彼なく同じような対応をしていたのだろうし、心情的には全員が快哉を叫んだのでは。ビジネス的には大変だったようだけど。
「唇と爪先」これは何とも悲しい物語。禁忌は大抵の場合先祖の因縁によるもの。一体何時どんな出来事があってこうなってしまったのだろう。解けることもないのだろうか。
まあ、子供の頃限定、というのは救いがあるけれど。
祟りの凄まじさは言葉を失う程。その後の人生に希望を見出せなくなっても無理はない。
「潮騒の母」これも語り手が自分で蒔いた種のようなもの。見事な果実となって帰ってきた。しかも消える目処も立たない。臭いだけ、というならたいしたことはないか、と思っていたら、しまいには金属を錆びさせてしまう程に濃厚なものとなっている、と。これでは何とも暮らし難かろう。
ここでも嫁姑問題とそれに気付かず放置する夫、という構図が。この奥さんは何とも豪気だ。
ただ、海で死んだ、というならともかく、散骨は埋葬の方法としても確立してきたもの。死後でもあり、そんなに無念が残るものだろうか。やはり本人が納得したやり方でないと浮かばれないのか。
「落ち首」死亡時に車に乗っていながら首が落ちてしまっている。何度直しても移動してしまう、それこそ骨になってまで。さらに骨壺も壊れてしまう。墓すら保たなかった。畳み掛ける攻撃が何とも言えない。
これは相当に強烈な呪いもしくは祟りなのだろう。しかし手掛かりは全く無いようなので、真相は明かされない。実に残念だ。
ちなみに、この家は潮臭くなったりはしなかったのだろうか。
著者自身書いているように、というか題名が表しているように、実に厭な話が多い。
こうして気になるものを見ても、呪いや祟り、因果に纏わる話が目立つ。そこには不条理さではなく、人と人とが関わることで生み出される負の要素、因縁が生み出す怪が描き出されている。それが「厭」を生み出すのだ。見たくないものを無理矢理見せられる恐ろしさ、である。
しかし、その人間関係についてはむしろあっさりと触れる程度、ということも多く、話の主眼はあくまでも怪異にスポットが当てられている。だから怖いしおぞましいし印象に残る。
何度でも読み返せるような力作傑作が幾つも載せられており、実に堪能出来た。
実のところ、通常の単著ではここまで面白い、という印象を持ってはいなかったので失礼ながら意外だった。まあ、大半の場合著者についてはそれ程意識してはいないので覚えていないだけかもしれない。
それに、ここに収められているのは一冊に数編、と言える珠玉の選りすぐりが集められているわけなので、その分濃厚な味わいとなったのだろう。
ともあれ、これは大満足の一冊。手元に置いて時折賞翫し続けていきたい気すらする。
つくね乱蔵実話怪談傑作選 厭ノ蔵posted with ヨメレバつくね乱蔵 竹書房 2020年05月28日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る