営業のK/闇塗怪談 醒メナイ恐怖

 ちょっと癖のある文章スタイルで、通例こういったタイプはあまり期待できないものなのだけれど、この著者については何故か興味深い話が多い。
 それだけネタに恵まれているのだろう。
 今回もそうだった。

 「哺乳瓶」いきなりの不条理系。解釈のしようによってはエイリアンものと思えなくもない。
 思い当たる節のない妊娠、というのも妙ではあるけれど、一番おかしいのは女性が出ていった後に突如現れたという大量の哺乳瓶。これはもう完全な怪異だ。
 夫が何故手放しで妊娠を喜べたのか、それ自体もちょっと不思議。否定されても浮気の子とは思わなかったのだろうか。
 Yさんの行方、子供の姿など知りたくなることは山積み。
 ただ、もしかすると失踪の謎には夫が関係しているのでは、と憶測すると俄然事件的な怖さも加わってくる。

 「銭湯」奥さん程ではないにしろ、結構な銭湯好きとしては、この語り手の愉悦がよく判る。しかし、これは相当に昔の話のようなので、その頃こうした風情をレトロとして楽しむ風潮があったのかどうか、ちょっと疑問は残る。
 怪異も、海ならともかく銭湯の風呂で起きるには珍しいものだけれど、そんな銭湯自体がこの世のものではない、というのは驚きだ。一体何が起きていたのか。そこにいた老人とは何者。

 「メール」家族のちょっといい話風に進みながら、それがどんでん返しに遭ってしまう。それ自体そろそろ目新しいとも言えないけれど、クライマックスがまさに王道の恐怖体験。凄みはあった。
 そして何より気に入ったのは、怪異の主にも脅しは効く、ということ。消されるのはやはり嫌なのか。成仏できそうなのに。

 「許し」核心の周りだけが語られる話なので、欲求不満が募る。でもまあ仕方ないか。
 彼女が著者に呪いの真実を話さなかったのは、こうして本に書かせることで、内容は明らかでないにせよ、この話を爆発的に拡散させたかったからではないのか。それによって、薄くでも呪いの効果が拡がってしまうとか、彼女に何らかのプラス効果があるとか。
 そう考えるとこんな話読むべきじゃなかったのかも。

 「消えていく」写真に体験者の姿が写っていないのは著者自身も確認しており、信憑性が高い。騙そうと思って加工したものを貼り込んでいたならともかく、善意に解釈すればあり得ないこと。
 しかもそれが体験者の死に繋がってしまったというのは著者にとっても痛ましい事件だったろう。
 その後写真の姿も元に戻っていた、というからより興味深い。

 「海で死ぬということ」語り継がれている話のようなので、海では時折あることなのだろう。
 ただ、そうだとすると海で溺れた時、片手を挙げるような真似をしても、舟は救ってくれるどころか逃げて離れて行ってしまうのは間違いない。助かりたければ別の方法を考えねば。
 とは言え、片手「だけ」が出ているような状況だとしたら、もう生きてはいないかもなあ、こっちも。

 「爪切り」確かに子供の頃からこの話は聞いてきていた。その「科学的」とされる説明含め。
 この話、ちょっと民話のようでもありながら、場面を想像しながら読むと相当に怖い。
 それに、夜は見え難いから深爪をしてしまう、って爪の長さも見えないような明るさだったら、爪を切ろうなんて思わないのでは。明るいうちに切れば良いだけだし。逆に考えれば行灯や燈明、さらに言えば月明かりだってそれなりには明るいから爪位はちゃんと見えそう。
 この言い伝えのうちに、こうした怪異の存在を注意されてきた、と考えた方がむしろ納得出来る。

 「安全な心霊写真」これまでこうしたタイプの写真に出会ってこなかったのはラッキーだったからなのか、それともこれがあまりに特殊なのか。それ次第で心霊写真、というものへの警戒感をどう考えるべきか全く違ってくる。
 しかも現在進行形のようだ。今のところは語り手の直感によるものだけれど、これが証明されたらもう本物、だろう。燃やすことの出来ない写真、というだけでも凄いことだけど。

 「靴」山の怪談はそれだけでポイントが上がってしまう。これがどの山なのか、とても気になる。遭難譚の方とつい結びつけて考えたくなってしまうので。
 そんな上級者向けの山に子供が登りしかも意味なく靴など投げるか、と突っ込みたくなる。でも恐怖からあえてそう信じてしまいたくなる、という気持ちもまた理解できる。
 人もいない険しい岩山の一角、そのテントの周りにぎっしりと並ぶ子供靴。情景を想像すると、もう恐怖しかない。怪談の中でもトップクラスに怖ろしい光景だ。
 ここで起きた怪異、そして体験者の命すら奪ってしまう力、どう見てもただの子供の霊とは思えない。その正体は一体何者なのだろう。何とも知りたい。山の邪神のような存在だろうか。そんなモノがいるのかは知らないけど。

 古典的とも言えるネタから呪い、不条理系まで幅広くバランスが良かった、という印象がある。
 しかも最近では滅多に味わえない「怖さ」を感じさせてくれる話もあり、満足度の高い一品であった。

闇塗怪談 醒メナイ恐怖posted with ヨメレバ営業のK 竹書房 2020年06月27日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る