朱雀門 出/第六脳釘怪談

 不思議系・不条理系として小田イ輔と並ぶ鬼才、朱雀門出。
 今回も妙な話蒐集力が炸裂している。
 例によって後半は大分厳しめのチョイスに。

 「イタイ元カノ」何だかよく判らない話ではある。全体に夢なのか現実なのか、何が本当にあったことでどこからが妄想なのか、語り手自身が判別できなくなっているようで、どうもぼんやりとしているからだ。
 ただ、そこに欠けた指先、というかなり強烈な現実が被さってくることで、もしや全て実際起きた出来事なのか、とも思わせる。
 しかも、金縛りとしてはあり得ない状況でもあり、むしろ呪術的な力を感じてしまう。

 「伊吹山でUFOを見た話」怪異としてはUFOがメインでは無い。
 UFOを撮った筈の写真が、何故か祖母の遺影になっているという不思議。
 何かの警告とも思い難い状況であり、しかも顔が現れた、というのでも無く遺影が現れた、というのは訳が判らない。

 「捕まえたヤモリ」人の手を持つヤモリが立ち上がって小さな鈴を振る。
 何だか妖精のようで、想像するとちょっと可愛い情景だ。
 しかし、よく考えるとそれが何を意味しているのかまるで判らず、何だかとても怖ろしい。
 しかも首だけの鼠が傍らにいて威嚇してくるという。
 最終的にヤモリは消えてしまったけれど、鼠の首はそのまま残っており、夢幻では無いことを証している。
 そこからPCのデータ保存消失、を結びつけるのはかなりハードルが高いけれど、それでも複数の保存先全てから同時に消えてしまう、というのは尋常では無い。
 まさに不思議で不条理極まりない。

 「象が逃げました」これまた奇妙な話だ。二つのエピソードに別れており、いずれもが聞いたことも無い珍妙さ。
 前半の話では、河童が蛇を丸めてプレスした上でバリバリと食べてしまった、という。
 そんな風にしなければならない理由も判らないし、どうやったら簡単にそんなことをできるのかも不明だ。それくらい怪力だ、ということだろうか。
 後半はよりおかしい。
 家に見知らぬ女性から「象が逃げました」という電話連絡が入り、窓の外の公園を見たら大量の象が犇めいていた、という。
 家族全員が見ていて、その後もずっと語られてきた、というから夢や妄想では無い。
 事件の報道が無かった、ということだけれど、日本の動物園には一箇所にそれ程多くの象がいる、というところも無いし、もしそんな出来事があったら歴史に残る大事件、ということになるだろう。
 その後は確認したりしなかったようだけれど、いつの間にか彼らは消えてしまっていたのだろうか。行方が気になる。

 「透き通った肉まん」これまたこの上なく不条理。
 そして聞いたことが無くビジュアル的にとても興味を惹かれる造形だ。スライムのようなイメージだろうか。
 それがあなたの赤ちゃんだ、と言われてもまるで意味不明なのは勿論だろう。
 それにしても、透明感のある子どもってどんな印象なのだろう。ちょっと想像が付かない。
 饅頭の種類に拘る余計なギャグは不要だ。興が殺がれる。パッと連想する際に、ジャンルを代表するものを思い描くのは当然のことだ。一々比較したりするものではない。

 「アリさんのおうちに行った話」幼児が家の中からいきなり行方不明になり、半日後突如鍵を掛けた家の中で発見される。
 本人はアリさんのおうちに行ったと語る。靴だけを無くしながら。
 これだけでもなかなかに不思議だ。
 誰が迎えに来たのか。どうやって連れ出されたのか。アリの巣にどういう風に入っていったのか。その時の語り手は縮んでいたのか。そこで何を見たのか。どうやって帰還したのか。などなど疑問が膨らむ。
 特にそこでどんな風景を目にしたのか、とても気になる。本当に何も覚えてはいないのか。残念だ。
 しかも、後に庭のアリの巣から無くした靴が発見された、という。
 これは凄い。
 読んでいる限りの印象では、自分で穴を掘って埋められる年齢でも無かったようだ。
 とすると、何故そこに、ということになる。
 見つかった、という靴は元々の通常サイズだったのだろうか。

 「鳥さん、怖い」以前公園で傍らにいる鳩の首をいきなりむんずと掴む子どもの映像を見たことがある。
 ポップコーンか何かを盗られてしまい、それを奪い返そうとしたらしい。
 邪心や殺気、余計な雑念が無いと動物も予測できず、対応出来ないようだ。
 なので、二歳の娘が小鳥を掴んだ、というところは大人が思うよりも可能なことなのかもしれない。
 ただ、ここではそれでは済まない。
 その鳥を即座に折り畳むと放り投げてしまったという。
 とても動きも怪しい二歳児に出来る芸当では無い。
 おまけに投げ捨てられた川に行くと、大量の魚が浮かび上がっていた、と。
 関係は不明ながら、何とも不気味な光景ではある。

 「知らないものが冷蔵庫に」自宅の冷蔵庫がいきなり白い毛玉で一杯になってしまっていたら。
 しばらくは頭の中を疑問符が駆け巡るばかりだろう。まともに考える事も出来そうにない。
 その毛玉、ウサギの死体が落ちた瞬間、何故か予想外の質感の音が発せられ、室内が停電してしまう。不可解の連続である。その訳の判らなさがある種小気味良い。
 灯りが戻った時、死体は消えてしまっていた。
 しかし、元々入っていた筈の冷蔵庫の中身が全て消失していた、ということが現実の出来事であることを示唆している。
 実家が山を売っていた、という話は関係あるようにも思えない。
 それを想像させるにはあまりに関連性が薄いし、それを彼に訴える理由もない。

 「ゴミ箱の死体」ゴミバケツの中に男の子の死体が入っていたら、それはもう驚くだろう。しかも、自分だけでなく、夫婦共に目撃している。
 その男の子、と思える子どもとテーマパークで再会し、また見失ってしまう。
 この子どもは一体何者なのか。

 「地蔵剥き」これはまた実に不条理で、つげ義春のマンガ世界のような奇妙なエピソード。
 おそらくは石のお地蔵さまを剥いてしまうなど、どんな風に出来るのか想像もつかない。
 その絵面もイメージし難いけれど、相当に不思議なものであったろうことは間違いない。
 そして、それを行った友人が実在の人間だったのかどうか。
 この話の一番凄いのは、ページ構成までも意識した最後のオチ。
 これには唸らされた。
 ここしばらく読んだ多数の怪談の中で、最高の出来。
 語り手だけ無事だった理由は何なのだろう。

 「青トカゲ」これまたまるでホラーマンガのようなフォトジェニックな怪談。
 何もせずに眼球が飛び出してしまう、というのも異常だし、そこから青いトカゲが出て来るなど、日常ではあり得ない。青いトカゲ、というもの自体見たことがないし。
 視力の低下が見られた、ということで、逆にこの事件が現実であったことを証明しているようにも考えられる。これだけのことがあったら、眼が無傷、というわけにもいくまい。
 まるで悪夢のようだ。

 「大きな姉」
 崖下に巨大な姉を発見し、後にその姉がそこで自殺してしまう。
 見えている時に丁度電話が掛かってくる、というのも偶然とも思えないし、そこで水に飛び込んだ(であろう)音が姉にも聞こえていたようだ。
 因果があるようで大きくなっていた意味などは全く判らず、やはり不条理。
 最後の戒名のエピソードは本当に余計で不敬。亡くなった方に対して失礼極まりない。
 読んで一気に不愉快になった。
 元々、語り手もこういう話なのに語り口調が砕け過ぎていて(「でっかいお前じゃ」の下り)、姉に死への悲しみなど無さそうなのが冷たいものだ、と感じてもいた。

 「ウォーキングベッド、中身はデッド」ベッドが獣のように歩いている、という図はこれまで聞いたこともなく、まるでコメディ映画のよう。
 病室の中で小刻みに揺れている、というだけでも結構怖い。
 これも題名は遺体を茶化しているようで好きになれない。コミカル調だから何を言っても良い、というものではない。

 「変だよね」好みの一つ、人物入れ替わりもの。
 この事例が珍しいのは、向こうが消えてしまうのではなく、皆と一緒にいた方が消えてしまったこと。
 どうやら意識は連続していたようだけれど、どうなっているのか。
 常識的に考えて、このシチュエーションでは学校に向かう方が正しく、学校から出てくる、というのは確かに「変だよね」。
 それまでと何か変わったところはなかったのだろうか。

 「塩風呂」これもまるで意味が判らず興味深い。
 まずは塩風呂というのが不明だし、それが告知され風呂が塩風呂になってしまう。
 更にこの後「血風呂」になるという予告まで。
 ホテルの人間と一緒に見ているので、信憑性は高い。
 これを仕掛けているのは、一体どんな存在なのか。気になって仕方ない。

 「どこでもドア」解体途中の自分の家に残っていたドアが、異世界(かどうかは不明だけれど、とにかくこの現実ではないどこか)と通じてしまい、友人が消えてしまった。
 一番惹かれるタイプの話が最後近くに登場した。
 シンプルだけれど、その分強烈に映像が頭に思い描け、印象に残る。
 こういう話では、消えてしまった人が一体どこに行ってしまったのか、まるっきり想像もつかないのだけれど、ついいろいろと妄想してしまう。

 これ以外にも気になる話は多かった。例えば最後の「×」なども印象的な話だ。
 取材された怪異は独自で新規なものばかり、とても素晴らしい。

 ただ、一方書き方で大きく損をしている。
 全体に調査報告のような淡々とした書きぶりで、恐怖や謎が増幅されてこない。
 最初や最後に不必要な著者の考察のようなものが付いて、話を間延びさせる。先に挙げた「×」でも最初の一ページは全く不要だろう。
 また、時折書いたように死というものに対する敬意というものをあまり持ち合わせてはいないようで、無縁留で不躾な言動が時折垣間見られる。
 さらに、時折笑えなくて場違いなギャグセンスが足を引っ張る。

 それらで魅力がかなり打ち消されてしまい、良い本を読ませてもらった、と素直に感謝できない。

第六脳釘怪談posted with ヨメレバ朱雀門 出 竹書房 2021年06月29日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る