投稿者「tahara」のアーカイブ

それは、ついに訪れた。

 2002年6月8日。
 確か、結構暑い日だった。

 この日は土曜日。
 前回書いた仕事も既に終了し、ようやく休みを好きに使える時が戻ってきていた。

 外出の予定があったので、食事をし、シャワーを浴びた。

 当時、とある怪談サイトにはまっていた。
 今と同じく怪談については読む専門だったのだけれど、投稿された怪談にコメントしたり、その頃のネットでは主流だった掲示板で他の常連の方々とやり取りしたりしていた。
 掲示板とは、SNSのように複数人が公開コメントでコミュニケーションを取るものだった。

 そのうち、これまた今ではおよそ聞かなくなってしまった、オフ会、と称するリアルで集まる会合にも何回か参加していた。
 怪談サイトなので、メインは百物語。
 ここでもほぼ聞き役に徹しながら、それ以外の会話などを楽しんでいたものだ。

 そのオフ会が丁度この日に設定されており、それに参加するつもりであった。

 昼食に食べたのは、ホットケーキ。
 勿論、通常の小麦粉ベースのものだ。

 ホットケーキは作るのにちょっと時間が掛かることもあり、思っていたよりも遅い時間になってしまい、焦って文字通り家を飛び出した。

 この日の目的地は、既に記憶の彼方に飛んでしまったけれど、奥沢から東急目黒線に乗り、白金高輪で乗り換える、という予定だった。南北線と都営三田線のどちらを目指していたかは覚えていない。
 ただ、降りたのが進行方向左側のドアだったことははっきりと記憶しているので(もう一生忘れないだろう)、だとすると、南北線の列車に乗り、三田線に乗り換えようとしていたようだ。

 当時の自宅は雪が谷大塚。
 奥沢までは通常歩いて17分掛かっていた。
のんびり歩いていたのでは到底間に合わない時間になってしまっており、小走り、というよりはかなり全力の走りに近い状況で駅を目指した、ようにぼんやりながら記憶している。

 シャワーを浴びて時間を置かず出発し、道中もかなりの運動になってしまったため、奥沢の駅に着いた頃には、もう全身汗だくだった。風呂に入った意味なんてあったもんじゃない。

 果たして狙っていた電車に乗れたのか、駅でどの位待つことになったのかはまるで覚えていない。
 普通に電車に乗ろうとした蔡の細かな状況など、記憶していないのが当然だけれど。

 最初は運動によってかいた汗をハンカチで拭きながら、体のほてりが治まるのを待っていた。
 ところが、その内違和感に気付く。

 体のほてりや動悸が、静まるどころかだんだんと酷くなってきたのだ。

 この感覚、初めてのものじゃない。

 思わず腕を見ると、やはり発疹が発生し、斑に赤く腫れあがってきていた。
 全身が熱っぽく、心臓の鼓動もかなりどきどきしていた。

 座っていたのでとにかくじっとして、今までのように治まってくれることを願うも、むしろ悪化するばかり。
 以前のように視界に点がちらつく、というレベルではなく、何だか目の前が暗く感じ、一部が霞んでよく視えなくなってきた。
 それと全身を襲う猛烈な痒み、掻き毟りたいけれど、勿論そんなことは出来ない。

 明らかな異常事態に、かなり動揺してはいた。しかし、一方でこれまでも似たような状況からそのまま回復しており、このままやり過ごせば何とか落ち着いてくれるだろう、と冷静に期待する自分もいた。
 期待、というよりもう願望に近いものだったかもしれない。

 しかし、儚い願いなど、大抵叶わない。
 
 じっとしていても、意識が飛びそうになるし視界は半分位見えなくなっているし、良くなるどころかどんどん新たな症状に見舞われて、もうぎりぎりの状態だった。

 そんな中、無常にも白金高輪駅到着のアナウンスが。
 ここで乗り換えねばならない。

 思い切って立ち上がる。

 その瞬間、頭から血が一気に下がっていくのを感じた。
 おでこのあたりがすーっと冷たくなった。

 かろうじて歩み出したものの、一歩毎にどんどん意識が遠くなり、もうろうとして何も考えられなくなっていった。
 ただ惰性で進み続けていた。
 
 そして、どうにか電車からホームに降り立とうとした刹那、記憶が途切れる。

 ブラックアウトしたのだ。