響 洋平/地下怪談 忌影

 TV番組の「異界への扉」で怪談トークは時折拝見していたけれど、単著の書籍は初めて。
 新鮮なネタもそれなりにはあったものの、若干印象は弱目。
 中にえらく既知感の強い話が混じっていたり、表現の仕方などで大分損をしている気がする。

 「弟」怪談の内容よりも、見えている「人」が死んでいる、と話す際笑みを浮かべている(しかも繰り返し)というのが不気味、というパターン。
 人の視覚・認識というものの危うさを痛感するこの頃なので、果たして見えているものが皆同じなのか、という疑問には深く賛同する。

 「認証事実」テクノロジーと共に怪談も進化していく、という好例。
 話していないのは勿論、聞こえてもいない声が拾われて認識される、という原理はいかなるものか。

 「箪笥」前半の謎の血も不思議ながら、後半、箪笥を開けて以降の展開は強烈。ちょっと怪談の王道、という気もしないではないけれど、迫力で読ませてしまう。

 「チベット」元々神懸かった異境の地で、そこにはあり得ない建物や人々に遭遇し、深い傷が瞬時に完治する、という「奇跡」を目の当たりにする。何とも味のある奇譚だ。

 「香水」記憶していた、つもりの人形が実際には存在していなかった。何故そんなことが起きてしまったのか。その不条理さが面白い。
 ただ、漂ってくる香りが強い香水の匂い、というのは気になる。人形から香水の匂いなどするものだろうか。更に途中では御香のような臭い、という表現も混じっている。御香と香水とは全然違う香りだと思うし混乱してしまう。
 また、最後にある著者の質問、というのがどんな意味を持つのかどうにも判らない。TVが家にないことがこの話にどう関係しているのだろうか。

 「虫」これは怪異が面白かったというのではなく気になってしまったので取り上げる。
 この家族はお父さんが虫に生まれ変わった、と信じているようだけれど、写真に映らない、のであればこの世の存在ではないのだろう。思いが虫の化身へと凝り固まってしまったのでは。成仏させてあげた方が良さそうな気もする。
 この直前に著者が家族に対してかなり褒める発言をあえて載せた後にそれを告げる二行だけを書いてすとん、と終わらせる。そこまで意識して書かれているのであれば、にくい作りだ。

 「塊」生き物のようなそうでも無いような、不思議な物体。最初は複数の人間が見ただけでなく潰してしまった者までいるので、確実に存在しているようだ。しかも潰せるらしい。
 初の遭遇時だけ回転していた、というのも謎なところ。何故だろう。

 「忌影」最後の大作。見る度に違っている空間。何とも好みだ。3回の目撃それぞれがまた気味悪いことこの上ない。第一に、壁がごく一部だけ窪ませてある、というのもかなり妙な話。有り得るとは言え、出来る限り避けそうなものだろう。
 しかもそれが体験者の記憶から一部抹消されてしまい、写真にしても人によっては違って見えるという。相当な怪異だ。
 本当なら是非いろいろな人に確かめてみて欲しいところ。

 結構な割合で、話の最後に著者の意見のような考察のようなものが書かれている。
 書籍は著者のものだから何を書こうと勝手ではあるのだけれど、個人的にはこれは要らない。興を殺ぐことこの上ない。
 序文やあとがきは著者の語る場なので何を書いても良いし、著者の姿勢とか人となりとかが伺えて興味深いことも多い。
 しかし、怪談においてはその中身が全てなので、怪異を追体験した余韻のまま終わりたいのだ。しかもおまけの文章が何だかなあ、という内容だと尚更である。
 例えば、「傷痕」という話の中で、聖痕の話が出てくる。著者としてはここで起こっていた怪異と結びつけたかったのだと思うけれど、最後に傷痕は全く無かった、と結ばれている。ではそう考えた根拠は何なのか。
 これまでにも傷も無いのに血が付いていた、という怪異咄には何度も触れてきている。極論すればそう珍しいものでは無いとも言える。そこに突如独自の解釈を、然したる確証も無しに付け加えられても、興醒めするばかりである。

元投稿:2020年3月頃

地下怪談 忌影posted with ヨメレバ響 洋平 竹書房 2020年01月29日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る