黒木あるじ/怪談実話 無惨百物語 ゆるさない

 大分チェックしたつもりだったのだけれど、結局既に購入済の本を買ってしまった。
 勿体ないので再読。
 例によって、もう10年も前の本なので、記憶には全く無し。
 真っさらの新作本として新鮮に読み切れた。それはそれで何か悲しい。

 竹書房怪談文庫2冊分、角川ホラー文庫であれば3冊分は下らない分厚いボリュームの一冊ながら、滅法面白い。
 チェックしたもの以外も、というかほぼほぼ全部の作品興味深いものばかりだったのだけれど、それも難しいので厳選した。
 とは言え、流石に数を集めるのが厳しかったのか、後半は息切れしてきたのも確か。

 「絶望」様々な霊体験がある中で、実際のところ死後の世界がどうなっているか、について実体験が語られたもの、というのはまず無い。想像したもの、というのなら数あれど。
 まあ、相手は違う世界に行ってしまうのだから当然とも言える。
 これはそういう大変貴重な事例。
 この言によれば、あの世とは空虚でつまらないところのようだ。
 何もない、というのがどのレベルで、そこでこれからどうなっていくのか、興味は尽きない。
 また続きを語ってくれることはないのだろうか。

 「おかあさん」見たこともない女が、不気味な声と動きで消え去っていく。
 完全にトラウマになる恐怖体験だ。
 ザ・王道ではあるけれど、最後にカーテンがはためいている、という証拠まで含めて完璧な出来。

 「乗客」関連があるようなないような、連続しながらそこに繋がりを見出せない不可思議なエピソードの連続。
 見ず知らずの男に名を呼ばれ、自分の服の袖口から水溜まりが出来る程に水が流れ出してくる。いずれも常識ではどうにも答えが出ない。
 最後の焼死事件によって、語り手はそれぞれを関連付けて考えているようだけれど、果たしてそうなのだろうか。何とも言えない。

 「返却」願いを聞き届けてくれたのか、眼を復活させてくれた人形、くれるのではなく
「貸しただけ」というのは何故だったのだろう。
 折角見えるようになったのに、結局駄目になってしまった、というのが何とも哀しい。

 「警告」眠っているだけの母親が、何故か語り手の危険を回避させてくれる。しかも声が届く、という方法で。
 更に、その声が何故か男性のものであった、というのが興味深いし、その意味不明さがリアリティを増している。

 「おむかえ」亡くなった後にまで嫌いな相手との嫁姑関係が続いてしまう。
 そんな最悪、そうは無さそうだ。
 しかも、もう死んで別れることもないわけだから、それが一体何時まで続いてしまうのか。
 そんな未来が待っているとしたら、絶対に死にたくなくなる。

 「子腐れ」巫女(実際は霊能力者と言った方が良いのだろうか)の力はやはり侮れない、ということか。
 一度目の妊娠を本人よりも先に当ててしまう。
 そして二度目については、はっきりと指摘されたわけではないけれど、判っていたとも思えなくもない歯切れの悪い対応。
 確かに、語り手も言うように、どちらも偶然、語り手の気の持ちよう、というだけなのかもしれない。
 しかし、そう単純に片付けてしまってはいけないのでは、とも思わされる。

 「赤富士」この話は、かなり好きな部類、ということもあって、うっすらとではあるけれど何となく記憶していた。
 語り手が見てしまった景色は、一体何なのだろう。
 全くこの世とは違う世界なのか、ずっと古の同じ場所なのか。
 色(季節)はともかく、富士山の位置に疑問を持っていないところをみると現在と変わってはいなかったようだし、やはり時空を超えてしまった、という方が納得性は高い。
 この場所が昔は本当に荒野だったのかどうかは知らないけれど。
 だとしたら、何故その瞬間だけそこに繋がってしまったのか気になる。

 「蜘蛛の巣」平地に止められた車が何も力を加えられることなくひっくり返る、など、常識的にはとても考えられるものでは無い。
 しかも、完全に仰向けになってしまっている、というのはとんでもない。
 蜘蛛や神社と関連があるかどうかはまるで判らない。
 それを示唆するような徴は何もないからだ。
 しかし、とにかくこの物理的な現象だけで充分に貴重な事例。

 「運命の人」この話、気になるところがいろいろある。
 まず、小さい頃に見た幽霊。
 紙のように薄い存在、だったという。
 これは、うちの奥さんの友人からも同じような話を聞いたし、他でも時折聞くことがある。
 全てがそういうもの、というわけでも無さそうだけれど、どういう具合かそんな感じになってしまう、というパターンがあるのかもしれない。
 そして、その霊と全く同じ顔の女性と出会い、結婚まで至る。
 これは何とも不思議。
 以前、自分の伴侶となる人に事前に会ってきた、という話を聞いたような気もするけれど、それとも違うようだ。
 最後には人が恐い、という話になってしまう。
 ただ、これにしても敢えて霊の方に寄せていきたい、という願いは何か得体の知れない力でそう思い込まされている、と感じられるようにもみられる。
 結末の文章からすると、奥さんの死後、望む通りに霊となって現れてくれた、ということなのだろうか。
 そうだとしたらそれまた凄い話だ。

 「私刑」人形の世界にもいじめが存在する。
 驚くべき事実を明らかにしてくれる話。
 眼まで抉られてしまう、というのはなかなかに強烈。
 お寺でも断り続けられたそうなので、余程のものだったのだろうか。
 その念は一体どうしてこもってしまったのか。

 「予声」はっきりと会話が聞こえていたのに、その声の主は存在しない。
 しかも、その内容は直後に起きることの予言めいたもの。
 と考えると、語り手に向けたと覚しき予言だけが、まるで様相が異なっているのは妙な気がする。何年も先の話を、何故突然してきたのか。
 そして、「その女」というのは誰なのか。
 必ずしもバスの乗客に対してだけでもないようなので、これも違う相手に向けたもの、と考えた方が自然なのでは。

 「瑕疵家」死んでからもなお成仏させてもらえず、何かに利用され続ける。
 そんな死に様は絶対嫌だ。
 見てしまった情景も不気味極まりない。
 謎の連中が信じているらしい宗教は一体どんな信仰なのだろうか。
 相当怪しいことは間違いないけれど。

 「塀鳥居」全てはただ偶然の産物。
 などと言い切るのはとても無理と思えるような悲惨続き。
 とにかく健康面でも経済面でも、これ程続けられるものなのか、と思う程のトラブルばかり。とても一年間の出来事とは信じられない位だ。
 元々神さまには祟り神なども結構いらっしゃるし、あまり迂闊に呼んでしまっても宜しくはない、ということか。
 鳥居の抑止効果自体は結構ある、と聞いたことがある。
 とは言え、そこでは、あくまでも見た目だけのことで、神の存在を想定すらしていないところでのものだったからなあ。
 老女の警告を受け入れていれば、こんなことにはならなかったのだろうか。今更後悔してもどうにもならないけれど。
 かなり強烈な印象を残した一品であった。

 「わたしのいもうと」ちょっと平山怪談のようなどろりとした印象の不気味な話。
 おそらくは胎児と思われる妹を祀って何をしていたのか、それを食べて、何がどう駄目になってしまったのか。
 気になるけれど、明かされることも無さそうだ。

 「メルメルちゃん」これが怪談かどうかは、何とも言えない。
 しかし、物語としてはその切なさ、哀しさが切々と伝わってきて、心を動かされる。
 語り手の言動を攻める気にはとてもなれない。
 それが結果的に絶対してはいけなかったことだとしても。
 もしこれがイマジナリーコンパニオン(フレンド、郷内流に言えばタルパ)でないとしたら、一体どんな存在なのだろう。
 人の生死をも操る力があるなんて。
 今でも夢に見る女の子に口が無い、というのはどうしてなのか。まあ、夢だから、といったらそれでおしまい、なのだけれど。

 「合わない」列車飛び込みによる遺体の部位数が「合わない」というのは妙な話だ。
 現場ではかなり念入りに捜すそうなので、ごく稀にとんでもないところにいってしまって見つからない、ということはあったとしても、必ず足りない、というのはおかしい。
 そんな状態では、上司や本社などから、相当に注意される筈だからだ。
 ましてや、部位が多いなんて。
 あってはならない。
 そんなもの、偶々紛れ込んで、なんてことのあろうものでも無い。
 とは言え、現場としてはむしろこちらの方が助かるのでは、と思ってしまう。
 それ以上捜す必要も無くなるし。
 足りないところの足りないものと、増えてしまうところの増えている部位が丁度かみ合ってしまう、となるともっと怖ろしいけれど。どうなのだろう。

 「警備員」ある人が亡くなったと覚しき時間にどこかで出会したり、そこで挨拶や会話などをした、という事例は少なくない。
 しかし、そこで出遭うためには死体を跨いでいた筈なのにそれに全く気付かなかった、となるとまるで別。
 およそ聞いたためしがない。
 まるで京極夏彦。
 故人が何かの理由で見えないようにしてしまったのか。

 「竜神くぐり」滝が夏の盛りの時期だけ大きく増水する、というのもなかなか不思議ではある。
 更に、その時期だけ泳ぐことを許され、その禁を破ってしまったが為に、兄は命を落とす。
 何故語り手は無事だったのだろう。
 どうやら何一つ起きていないようだ。
 また、身替わりと言われる女性は、何故選ばれてしまったのか。
 年齢も性別も違えば由縁も無さそうなのに。
 やはり神、という存在は理不尽なまでに怖ろしいもの、ということか。

 「山葵」叔父夫婦の農薬死については、山葵自体にその農薬を使って分量を間違えた、という可能性、そこから流れて来た水に農薬が大量に混入していて、その水を使ってしまった可能性、あるいは家の水などと間違えて農薬を使ってしまった可能性などがあるので、必ずしも怪異とは限らない。
 それよりも、廃屋の内外が異様に速く朽ちていってしまう、という方が不気味だ。
 それも、単に湿度が高く腐り易い環境にあるだけ、ということなのかもしれないけれど。

 「苦情」墓に眠る方々も、やはり静かな環境を好まれる、ということが良く判る事例。
 そりゃ毎日のように夜うるさくされたんじゃあかなわないよなあ。
 それだけでなく、仰向けに寝たままで掌を使って移動し(どういう動作なのか、どうもイメージ出来ないけれど)、顔が唇以外どろどろに溶けた女性、という姿も、類例が無く目新しい。

 「厭な部屋」古ぼけたファッションホテルの部屋で次々と怪異が起こる。
 悪戯程度で左程怖いものでは無いし、そう珍しいものでもない。
 ただ、その後彼女が突然行方不明に。
 怪談ではないのかもしれないけれど、とても怖い。ぞっとする。
 部屋で聞いた言葉と手紙の言葉が一致している、というのも何だか。

 「夜の学校」それぞれのピースは結構不気味なのだけれど、それがどうにも繋がっていない。
 先生らしき男が何者なのか、女の子は誰なのか、こうなってしまう、というのが顔無しというのはどういうことか、足が何故長く伸びているのか、弁当箱に入っていたコメントの意味は。
 謎ばかりが次々と襲ってくる。
 まるで小田怪談のような不条理ネタ。稲川系、とも言える。
 むしろ、狐狸の類に化かされた、と考えた方が素直に納得出来る。

 「つめて」元の話、というのも読んでいそうにも思うけれど、勿論、何一つ想起されるものはない。
 震災で亡くなってしまった人と電話が繋がる。
 しかも、相手が自分の実家のことを知っている人であった、というのは何かの縁だったのだろうか。
 その相手の方の体は、今でも海中に眠ったまま、なのか。それともその後見つかったのか。
 魂は神社に向かったようだから、せめてそれだけでも救われた、と信じたい。

 これが初単著、というわけではなさそうだけれど、単著デビューからはまだ一年も経っておらず、相当に貯まっていた怪談があったのだろう。
 数ある怪談本の中でも、読み応えでは最大級間違いなし。
 これは、いつでも読み返せるよう手近なところに置いておいた方が良さそうだ。

怪談実話無惨百物語ゆるさない

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黒木あるじ メディアファクトリー 2011年08月

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