どこかで勧められていたので買ってみた本。どこだったのかはもう全く記憶に無い。
書きぶりも内容もほぼ実話怪談そのままなのだけれど、実際のところは小説らしい。
なので、一瞬、これを取り上げるべきなのか、と思ったりもしてしまったけれど、考えてみれば、別に実話怪談に限る、という縛りがあるわけでは無かった。
個人的に、「実話怪談本」に創作を紛れ込ませるのは許せん、と思っているだけ。
一方で怪談風の小説で面白いと思ったものがこれまで無かったのも確か。
これはそんな隙間に刺さる珍しい一品、ということになる。
話の中にはそれこそ平山夢明氏やら福澤徹三氏やらも登場してくるし、特に劇的なクライマックスも無く静かに終わっていくエンディングもリアル。
これよりは郷内怪談の方がよっぽどフィクションぽい。
こういった作品が山本周五郎賞を受賞している、というのが驚き。
まあ、調べてみたらこの賞、岩井志麻子の「ぼっけえ、きょうてえ」や京極夏彦も受賞しているようだから、こっち方面には親和性が高いのかも。
ついでながら、恩田陸も「中庭の出来事」で獲得しているらしい。しかも、森見登美彦「夜は短し歩けよ乙女」とW受賞で。
橘玲が候補になったことがあるというのも珍しい。
この本は村上隆と同じように、実話怪談、というある特殊なスタイルを小説の世界に持ち込んだ、というところが新しく感じられたのだろうか。
内容的には、初めはごく些細な怪異が起こったところから、次第にディープで強烈なものへと展開していく。
その持っていきようは流石に見事。ぐいぐいと惹き込まれてしまう。
途中からは、続きが気になってしまい、一旦読み出したら中断するのがなかなかしんどかった。
家・土地に纏わる因縁譚であるところも好みなので個人的にはどんぴしゃ。
最後、根本となる廃屋を訪れた際、結局微かな声が聞こえる程度、しか起きなかった、というのも、物語としては残念ではあるけれど、むしろこれも実話らしい謙虚さ。
実のところ、かなりのところまで本当の話なのではないだろうか。
著者が宗教系の大学、ということもあってか、宗教的な言葉の定義や解釈、更には怪異への向き合い方がストイックで科学的。とても好感が持て、信頼出来る。
「穢れ」の解釈もそのためとても納得がいく。しかも、この部分、新型コロナ流行後の今読むと、実にすとんと腑に落ちる。
陰陽道も含め、平安頃の「穢れ」という風習は、感染症対策として生まれたものでは、と思うようになっていたし、そう語る人もいた気がするけれど、これを読むとますますその意を強くする。
二次感染、三次感染の扱いなど、まさに昨今行われてきた対策と通ずるところがある。
一次感染・二次感染では、家族全てが「穢れる」けれど、次の三次感染となると、三次側の人間が二次感染の家に着座した場合はその本人一人が穢れ、二次側の人間が三次感染者の家に着座すると、三次側全ての人間が穢れてしまう、という。
これは感染の捉え方として、実に正しい、と思える。
このように穢れが伝染するものだと考えると、不条理な怪談、由来の判らない怪異なども充分に有り得る、ということになる。
これまで土地・家に纏わる怪談となると、その場所に何があったかばかりを気にしていたけれど、それでは説明できない可能性もある、ということだ。
その方が何だかしっくりくる。
ただ発端となる、炭坑夫たちの待遇がリスクには見合っていなかった、というのにはちょっと疑念がある。
奥山家が実際のところどうだったかは判らないし、事故に関する対応がひどかったりした可能性はある。
しかし、一般的には他の鉱業含め、彼らはかなりの高給取りではあったようだ。坑夫たちの住宅周辺には娯楽施設が集中して栄えていたらしいし。
遊び好きも多かったようだから、あまり残したりは出来なかったのかもしれないけれど。
それと、あの伝説的怪談「八甲田山」について触れられていたのも、その全容を知る身としては何故かちょっと嬉しい。
この話が「新耳袋」に登場した時、とても驚いた。
既に知っている内容だったからだ。
大学の友人に紹介された女性。結構「見えて」しまう方だったらしく、時折自分や周りの方の怪談を聞かせてくれた。
そうした中でもとびきり怖い話、ということで教えてもらったのがこの話だったのだ。
彼女の友人の弟さんの体験だという。
確かその弟本人にも会っている、というから、いわゆる伝聞話ではない。
内容は書けば長くなるし端折ったら恐くも何ともなくなるので割愛し「新耳袋」を読んでもらうこととして、そこで聞いた話では、勿論完全ノーカット版だった。
と言うか、一番怖かったのがその後半部分だったのは間違いない。
あまりにインパクトのある話だったので、当時いろいろな人に話した記憶がある。
この頃、周囲では結構怪談が流行していた、ということもあって。
「新耳袋」で話に再会した際、あれ、ここで終わっちゃうんだ、と不思議な気がした。
まあ、障りのある話は改変したりカットしたりすることもある、と聞いてはいたので納得もしたのだけれど。
この内容については、以前関わりがあった怪談サイトの百物語オフ会で披露したこともある。
この話の提供者が彼女だったのではないか、とも思っている。
内容的に聞いたものと全く違いがなかったからだ。
変化したり歪曲したりおまけがついたり、といったことが一切ない。
ただ、残念ながらその話を伺った頃以降全く会う機会もなくなってしまったので、その真偽を確認できてはいない。
この作品を映画化した際主演された竹内結子氏がその後自殺してしまった、というのも、間に5年経過しているし関係ない、とは思うものの、何とも言えない不気味さを感じる。
こちらのことを全く知らない人やメディアなどから「これは面白い」と薦められた作品は、得てしてやはり好みではなくなんとも残念な気持ちになってしまう、ものだ。
しかし、この本は期待に違わず、実に読み応えもあり、堪能させてもらえた。
出会えて良かった。
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小野 不由美 新潮社 2015年07月29日頃