中山市朗/怪談狩り 黒いバス

 これまた最早レジェンド、中山氏の新作。予約購入したので、本当に出立てに入手できた。
 単著になって以来何だか淡泊な印象があり、あまり面白いとは思えてこなかった。
 まあ、それは木原氏も同様、ではあるのだけれど。
 この本でも淡々とした書きぶりは変わらないものの、怪異自体奇妙なものが多かった。
 不思議であり新鮮。

 「壁」まさに先に書いたような不条理怪談。
 一度通れていたところに壁が出来ていて通れなくなってしまっている。本人だけなら勘違い、で終わる話かもしれないけれど、家族全員が、となるとそれも考え難い。
 一つ判らないのは、そこから戻れなかったのなら、どうやって外に出たのだろうか。
 おそらく書かれていないルートがあったのだろうけれど、その説明が無いと信憑性に疑問が生じかねない。

 「ハトが出る」これも場面を想像すると結構不気味だ。しかも多数の目撃者がいるので間違いでも無さそう。
 ただ、手品師がやっていることなので、マジックであった可能性も否定しきれない。
 表情はリアルに見せるための演技であり、どうやら受けが悪かったようなのでそれ以後このネタを封印してしまった、とも考えられなくはない。

 「千日前の一等地」5年で5人が自殺する店。こりゃ怖ろしい。
 実際に訪れたことも無くどんな雰囲気のところから知らないのだけれど、戦後の大事件だけで無く、昔から相当に色々とあった土地柄のようなので、こういう場所が出来てしまうのも仕方ないのかもしれない。
 まあ、こうなってしまうとこの店自体が呪いを発動させても不思議では無いけれど。

 「幽霊話ではない」確かに、明確な怪異は「警官の瞬間移動」のみ。しかし、この話全体から醸し出される不気味さ、居心地の悪さは紛れもなく怪談、だ。
 語り手はこれらの不審人物が実在していた、と主張するけれど、これまでの事例でも普通の人にしか見えなかった、という霊の存在が時折報告されている。
 強いて言うなら別の次元・世界に迷い込んだ、という可能性も考えられるものの、ここで語られている違和感はそれよりもこの世のものではない、という方がしっくりくる。

 「黒いバス」この話単体では、確かに奇妙で怖ろしい話ながら、そう強い印象のものでは無かった。
 しかし、同じものらしき体験談が次々と重ねられていき(「霧の出る夜」「パイナップル畑」「お手伝いします」)、エリアの限定性もなく(名古屋~沖縄まで)、年代もバラバラ。
 なのに、謎の乗り物の描写は極めて似通っている。
 最初はバスを見かけるだけ、というものがこのバスに乗らないか、と声をかけられた話へと発展し、ついには実際に乗り込んだ方の話へと帰着する。
 中山氏らしい連作ものとしてなかなかに興味深い。
 ちょっと腑に落ちないのは、前半の2話では復讐するのは既に死んだ人なのに、後半2話は生きたままバスに誘われている、ということ。
 どちらでも受け付けている、ということなのだろうか。
 生きているうちに誘いがあり、乗込むと本人も死を迎えざるを得ない、ということかと考えて見ると、「霧の出る夜」の病死した事例ではそのチャンスも無さそう。
 何だかとてももやもやする。

 「衝突事故」これもタイムスリップなどでは片付けられない妙な話。
 若い時の自分たちが乗っている、としか思えない車と衝突したけれど、相手は消えてしまったという。しかも実際には自分たちが乗ったことも無い車種で。
 異世界との遭遇、ということなら説明はつくかも。何故、という疑問は残るし、瞬間的に消えてしまったのはどうしてなのか、時間軸の違う自分たちと偶然に遭遇する、というのはあまりに偶然過ぎないか、など判らないことだらけなのは確かながら。

 「書き換えられた原稿」正直怪談なのかどうかも判らないけれど、当人にとって不思議極まりない話なのは間違いない。
 以前ネット調査を行った際に、最終校正後調査会社の担当が勝手に選択肢に入れていた固有名詞を変更してしまう、という事件が発生し、クライアントに陳謝することになった、というトラブルに見舞われたことはある。
 しかし読む限りこれはそんなレベルではないし、編集のせいでも無さそう。
 まあ通常起こりえない怪異であり、聞いたことも無く目新しい。
 この作家さんとは誰なのだろう。ただ、「芥川賞作家を受賞」するのは無理。

 「空き家」子供の頃の思い出が実は自分しか覚えていないものだった、その家はずっと昔から空き家だった、という事例は結構ある。
 しかし、この話のように親子で同じ経験をしている、というケースは初。
 これはそうしたことが頻繁に起こる家、ということなのか、あるいはこの一族とその家に何らかの因縁があり、家族だけが経験するものなのか。
 これに留まらない拡がりを期待させる内容ではある。

 「田園風景」本来地下である筈なのにいきなり森や田圃が見えてくる、というのは妙だ。具体的にはこで登場している場所については知識が全く無いけれど、それでも大阪から神戸に向かう途中でそんな景色が無さそう(乗ったことはあるのでうっすらとした記憶を呼び覚ましてみても)なのは容易に想像が付く。
 二人で体験しているので夢でもなさそうだし。
 更に奇妙なのは、時間経過がおかしくなってしまっていること。列車はダイヤに従っているので、変な時間になってしまうのは道理がいかない。どういうことなのだろう。

 「携帯電話」これも偶然の一致、何らかの故障、で説明がつかなくも無いし、実際のところそうなのだろう。
 しかし、それでもあまりに見事な符合。不思議現象であるとは言える。
 個人的には結構好きな部類のネタ。

 「海底の家族」これまた不条理且つ理解不能。全く怖くは無いのだけれど、何とも気になるし、絵になる。
 複数体験であり、しかも理系で優秀そうな人たちが目の当たりにしたものだ。
 その信憑性は高いと言わざるを得ない。
 単純に家族へのメッセージを伝えに来た、というものでもなさそうに思えるのだけれど。

 表題作である「黒いバス」シリーズは、まだまだ集まってきそうな気がする。
 それを通じて、今のところ整合が取れていない部分についても明らかになってくると嬉しい。

 あまり、というよりほとんど怖くは無いし、怪談としてはぎりぎり、のような話が多い。
 しかし、中でも記しているように、これまで類例の無いような珍しく且つ好みでもあるタイプの怪異が多く、充分に楽しめるものではあった。

 読む人をかなり選ぶ本ではあるけれど、嗜好性のベクトルが似たような向きの人であればお勧めの一冊。

 

怪談狩り 黒いバス(7)posted with ヨメレバ中山 市朗 KADOKAWA 2021年08月24日 楽天ブックスで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る