響 洋平/地下怪談 慟哭

 著者二冊目の単著。
 感想はほとんど変わらず、やはりどうにも弱い印象。
 末尾に時折付加されている著者の考察のようなものが不要に思えるのも一緒だ。

 「轢き逃げ」冒頭からの著者語りは有難くない。結論から言えば、稲川氏がいつも語っていることを小難しく言い換えたに過ぎないものだからだ。
 交通事故に遭いながら、相手の車の存在が確認できない。それだけでも不思議だけれど、最後にその彼の家族がどんどんと崩壊してしまうのが凄い。そこまでちょっと冗長な程事細かに書かれていたのに、あまりにあっさりと片付けられてしまっているけれど。
 ただ、それと彼と一緒にいたという謎の霊体や、窓に映る子供の足形などがどう関わっているのかはどうにも判らない。

 「通話の声」電話で通話をしている相手のところに現れ、体験者に向けてメッセージを伝えさせる、という何ともまどろっこしい、しかし奇妙な行動に出ているのが面白い。
 この話のような状況では、相手が体験者の名前を知っている由も無く、あり得ない現象であることは間違いない。
 彼がその後どうなったのか、とても気になる。

 「侵入者」いきなり全ての開口部と収納が開いている、というのは力業だ。しかもかなり怖い。
 お経を無駄だ、と告げてくれるのも、偶にあるけれど嫌な話だ。自分でも金縛りに遭うとどうしても唱えてしまうものだし。
 ただ、この話でも最後に妙なことに拘っている。
 マンションの真ん中に開口部があると言うが、それは普通だ。
 日本では部屋に出来るだけ窓が多い方が好まれるので、正方形にして四方外側に向けて部屋を作る、というのは、特にタワーマンションでは常道だ。
 その際、廊下もあるし建坪率の制限もあるので、中央はどうしても空きスペースになる。
 以前いたマンションでもそうしたスペースは存在し、管理上の問題かそこには立ち入り出来なかった。そこでは綺麗にしていたけれど、管理が良くないところだと荒れているところがあってもおかしくは無い。
 ここでも怪の本質からは大きく逸れてしまっていることは間違いない。

 「靴紐」これはどうにも不審なため取り上げる。
 多少ぼかしてはいるけれど、どうみてもこれは鈴ヶ森刑場跡。
 だとするとそこにスケボーをするような空間があったかもちょっと疑問なのだけれど、それは無理とも言い切れないので置いておく。本堂は三十年前の建築だそうだから、今とは変わらない風景の筈だ。
 気になるのは、見えたのが子供だった、ということ。
 江戸時代子供は処刑されなかった。八百屋お七を裁いた時、何とか助命しようと取り調べた人間(奉行?)が年齢を何度も若く言わせようとした、というのは有名な話だ。
 しかもここに隣接する大経寺はここの供養のため建てられた寺で檀家も無い。子供が葬られてもいないわけだ。
 だとするとこれは何なのだろう。
 刑場とは関係ない霊体験である可能性はあり、話自体を否定できるものでは無いけれど、これを語るに当たり当時の処刑の方法まで語って不気味さを演出しよう、とするのは的外れこの上ない。実に醒める。

 「四階の部屋」これも怪談としてはまあ有りがちな話でさほど怖いわけでも無い。実は一人では無くて三人だった、というのはちょっと驚かされるけれど、その程度。
 よく判らないのは、まずはつきあいが続いていた、というわりに彼の状況に全く気付いていなかった、という点。仕事を点々としていることも、鬱になっていることも知らず付き合っている、というのはどういう状況なのだろう。
 最後に会った時の雰囲気からは、既にまともにコミュニケーションできそうにも無いのだけれど。
 また、オチにマンション契約書をもってきているけれど、そこに「一人」と書かれていたのは何も不思議では無い。
 家族がまとめて死んだ、ということで無ければ通常死ぬのは一人だ。
 ただ、それが続いている、ということなのだろう。確かにそれは怖い話ではあるけれど、それもここまで勿体を付けるほど珍しいネタでも無い。むしろ事故物件は繰り返す、という方が良く聞く、と言っても良い位だ。
 どうにも話の力点が噛み合わない。

 例えばメールの日付がとんでもなく過去だという。
これ、スパムメールであれば珍しくも何ともない。差出人が意味を成していない、というのもその可能性を高めている。
 著者がこういった事実を知らないとも思えないので、それをあえて無視して、もしくは伏せて描いているのだとすると、その姿勢には納得出来ない。あえて文中で創作怪談では無い、と断っているのもむしろ怪しい、と思わせてしまう。

 また、やたらと「すごく怖い経験をした」「本当に怖かった」「トラウマになっている」などと煽る文句を始めに付けてしまう癖があるようだ。
 それによってハードルを上げていながら、大抵それ程怖くも不思議でも無いので、毎度騙されたような気分に陥りちょっとがっかりする。
 その繰り返しなのが辛い。

 このように怪異は控え目、表現は大仰だったり堅苦しかったりピントがずれてしまっていたりするので、満足度は低い。

地下怪談 慟哭posted with ヨメレバ響 洋平 竹書房 2020年09月28日頃 楽天ブックスAmazonKindle7nethontoe-hon紀伊國屋書店ebookjapan