営業のK/闇塗怪談 断テナイ恐怖

 前回の著書を発表してからわずか半年。
 そろそろ書き手不足なのか。
 今回も興味深い話はそれなりにはあったものの、全体としては大分薄味と言わざるを得なかった。

 「二人の娘」ちょっとしたボタンの掛け違いで気持ちがすれ違ってしまう。充分にあり得る話だ。だが、その結末があまりにも哀しい。母親である語り手としては後悔が果てることはないだろう。最終的に自らも同じ道を辿ってしまうことも不思議ではない。悲しみを二乗にするだけではあるのだけれど。

 「酒宴」語り手に恐怖がないのだから、こちらも全く怖くは無い。
 しかし、ここで描かれている異人との交流は、そこに余計な会話などもなく、顛末も素性も何も判らないだけに一層しんみりとした情感を生み出している。
 もうこれだけで充分、おそらく語り手と同じ気持ちになれる話だ。
 ファンタジーの世界のようでもあり、お返しをもらえるあたり、民話調でもある。
 山の怪談、というと一段と怖いものばかり、という印象だったけれど、これで多少は気持ちも和らぐ。

 「おもちゃ」どうやら現実には存在していない謎の廃屋。その現実離れした間取りにもう惹き込まれる。
 そこに集う正体不明の子供たちも怖いけれど、何より足の皮膚を全て剥がれる、という部分因幡の白兎状態が酷い。そんな目にだけは絶対に遭いたくない。

 「一人増えている‥‥。」人が神隠しに遭う瞬間を見てしまう、という貴重な事例。
 廃神社と言えど、なのかだからなのかは不明ながら、神の祟りはやはり怖ろしい。
 最近こればかり言っているような気もする。
 いなくなってしまった男の子は、一体どうなってしまったのだろう。存在自体が消滅してしまうのか。どこか別の世界に飛ばされてしまうのか。
 一つ気になるのは、なぜ家に帰り着いたら大丈夫になるのか、ということだ。そこまで行けば何かが許されるのか。

 「開いたドア」ドアの隙間から覗くこの世ならざる存在。これが実は妻なのかもしれない、というのは不気味だ。元々そうだったのか、あるいはどこかで入れ替わってしまったりしているのか、等々考える程により怖くなっていく。
 強いて言うなら、寝室で見せられた一瞬だけ怪異の世界に取り込まれてしまっていた、ということかもしれない、とも思えなくはない。無理矢理安心させるような感じではあるし、だからといってまた出て来ないとも限らないし恐いことには変わりない、のだけれど。
 ドアの開閉、という物理現象を起こしているので幻覚とも思えない。
 一体何故ドアから見つめていたのか、など謎も残る。

 「高所作業」いきなり現れる空中にぽっかりと開いたドア。自分でもつい入りたくなってしまう衝動に勝てるかどうか。
 それでどこかに行けるのならまだ良いけれど、結局ただ落ちるだけだったら残念極まりない。
 ただ、以前も書いたような気がするけれど、人は極限状況に置かれるとかなり容易に、しかも鮮やかな幻覚を見てしまうもののようだ。
 この状況は、例え意識レベルでは平然としていても精神に影響を与えないとも思えず、無意識の恐怖や緊張が見せてしまう代物、という可能性は捨て切れない。
 だとしても、このビジュアルイメージは鮮烈でつい夢想してしまう。それだけで良い作品であったと言える。

 「ドアが増える」自分の家にある筈のない襖が現れる(そういう意味では題名は間違っている)というのは怖い。
 よく開ける勇気があったものだ。どこに繋がっているのかも何が飛び出てくるかも判らないのだから。
 しかし、そういうシチュエーションはとりわけ好みでもある。体験はしたくないけど。
 この家はまだそのままあるのだろうか。何だかそんな感じだけれど。だとしたら、著者には是非現地で確認してもらいたいものだと思う。

 「オフロード車」これは怪異というより下世話なことに興味を惹かれてしまった。
 自分の車は仕方ないとしても、仲間の車まで巻き添えで廃車、となると、その弁済などはどうしたのだろうか。結構な額になってしまうし、かといって無視、というわけにもいくまい。保険も適用されるとは思えない。どう解決したのか、実に気になってしまう。
 それと、腐卵臭がいつもつきまとってしまう、というのは精神に来そうだ。周りにも感じられてしまうのだろうか。自分だけだ、ということなら心の問題という可能性もある。

 「本当に危険なモノ」この話はどうにも腑に落ちないので取り上げる。
 ここで語られている場所は、真に呪われた危険な場所だ、という。
 しかし、一方でここは心霊スポットとして人気となりながら、一向に怪異の起きない場所でもあったらしい。事後におかしくなっていくのだとしても、それが確実に起きるようなレベルだったら、やはり話題になっていくだろう。
 これはどういうことだろうか。
 もしかしたら人気がなくなった後にやばくなったのかも、と好意的に解釈してみようと思ったものの、著者自身が以前に霊能力者に確認している、という経緯も書かれており、それも成り立たない。
 どうにも矛盾してしまっており、判断がつかない。あくまでもこの話を信用すれば、ということだけれど。

 文章の癖、といったものはこの本ではあまり感じなかった。その余裕も無かったのかも。

 でもそれで内容まで魅力が感じられなくなってしまっては元も子もない。
 誤植が散見されたのも興醒めな要素。
 怪談の途中で誤植に出会ってしまう、というのは、落語や講談を聴いていてここ、というところで噛まれてしまうようなもの。
 折角その世界に浸り切ろうとしているのに、妙に現実に引き戻されてしまって白けることこの上ない。

 やはり竹書房のちょっと無茶な出版方針が次第に怪談界の崩壊を呼びつつあるのでは、と危惧せざるを得ない。
 月3冊程度に抑えるのが妥当ではないだろうか。そして一人の著者は精々年一冊位に。

闇塗怪談 断テナイ恐怖posted with ヨメレバ営業のK 竹書房 2020年12月28日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る