郷内心瞳/拝み屋備忘録 怪談腹切り仏

 「拝み屋」である著者の新著。
 今回もある種真っ当な怪談でしかも斬新な興味深い話が沢山あった。

 「『怖い』を知らないという怖さ」巻頭言なので怪ではないのだけれど。
 怪異というものは「畏怖や畏敬の念を失して軽々しく接してよいものでもない」。
 著者の指摘通り、怪異・怪談に対してかなり無感動気味になってしまっているのは否めない。
 今更それを無かったことに出来るわけではない。記憶を、経験による慣れを消し去ることなど不可能だからだ。
 それでも、可能な限り本来の恐怖、怖れというものを改めて素直に感じ取る、そう心懸けたいものだ、とは思う。
 そう思わせてくれた有難い一章であった。

 「そうなるとは」これはなかなか哀しい話。
 家族が霊に襲われていても怖くて動けなかった、金縛りでどうにもならなかった、という話はこれまでにも聞いたことがあるように思う。
 それは仕方ない。しかし、その結末がこんなことになってしまう、というのはやり切れない。語り手に一生のトラウマを背負わせてしまう、ある意味最凶の怪談であると言える。

 「サプライズパーティー」一番知らされたくない光景の一つを無理矢理見せられてしまっている。それは皆盛り上がらないことこの上ないだろう。折角の苦労もほんと水の泡、である。これが一体どういう類の怪異であるのか皆目見当がつかないけれど、これも遭遇したくない、という意味では先の話と並ぶ。
 自分の近未来を見てしまう、という怪談、たまにあるけれど、どうしてこう言うことが起きるのだろう。そしていかなるメカニズムで。

 「嫌煙家」この霊に対しては、怪談としては稀なことだが「よくやった」と称讃を是非捧げたい。出来れば全ての違法喫煙者の許に現れて欲しいところ。

 「もうひとり」いわばドッペルゲンガーにいきなり出会ってしまったようなもの。体験者は無事だったようだけれど。
 この存在は一体何なのだろう。先のパーティー話と同様、自分のちょっと未来の姿なのだろうか。
 久々のショートショート怪談、なかなか小気味良い切れ味だった。

 「行き違う」これもショートショート。
 霊の姿が透けている、のは通例ながら、そこに中の骨が見えている、というのは珍しい。
 江戸期の幽霊画に肋が浮き出ている、というものはあるけれど、それも透けている、というわけでは無い。
 ちょっと記憶には無い新鮮な情報である。
 存在が稀薄なので向こうが透けている、というのは納得出来るけれど、身体の表面だけが透けて骨は透けないのは何故なのか、ちょっと想像できない。

 「よばれた、やられた」ホテルの同じ部屋に二度宿泊できず三度目にようやく出来たと思ったらそこで死んでしまう。偶然と思えないのも当然だろう。
 実のところこの話には一つも怪異は起きておらず、怪談と呼べるか微妙なところながら、個人的には結構好きな部類。
 強いて言うなら題名にもなっているメモの言葉はどういう意味なのか、そこから妄想を膨らませるしかない。でも、それだけでも意外と楽しめてしまう。

 「跳ね返る」やたらと安易に人を呪うものでは無い、という教訓を得られる佳話。
 道徳の教科書辺りに載せても良さそうだ。
 ただ、この程度の悪戯レベルの所行、自分でも思わずやってしまいそうな気もする。
 心しておくべきだろう。

 「トリガーハッピー」呪いだけでなく、除霊もそれなりの力と技を身につけた人間が行わないとかえってとんでもないことになるかも、という好例。こちらはあまり目指す気も無いので大丈夫とは思うけど。前提として霊自体全く見えないし。
 同時に、怪しが人の記憶を操作することが出来る、ということを教えてくれる貴重な事例でもある。これは目新しい。

 全編にわたり折々挟まっていた著者自身の日常エピソード、ちょっと風変わりなエッセイを読んでいるようでそれなりに楽しめた。
 ただ、ちょっと不謹慎ながら、前回の件もあるしもっと大事件になるのでは、と思っていたら左程でもなかった。当人としたら命の危険も感じるような痛みを味わったのだから一大事ではあったのだろうけれど。
 まあ、怪談本の中で著者が自ら発表しているものなので、娯楽として楽しんでも罰は当たるまい。
 やはり、このキーになる女性に夢以外何も起きていない、というのが残念に感じてしまう一番の要素かもしれない。この本でも繰り返されたように、因果には応報がないと。
 それだけ先祖がしっかりしている、ということなのだろうか。それともあまりにトンデモさんなので色々起きていることに気付いていないだけなのか。

 ともあれ、怪談の面白さを堪能出来る、そして新しい知見をも幾つも得られ、さらには初心をも思い出させてくれる、とても有意義な一冊であった。
 是非お勧め。

拝み屋備忘録 怪談腹切り仏posted with ヨメレバ郷内 心瞳 竹書房 2020年11月27日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る