これは百物語よりも多い108の話となっているので、一話は2頁まで。
この著者の作品はあまり怖いと思えるものは少ないのだけれど、読み物としては悪くない。その辺り岩井志麻子の現代百物語と近いものを感じる。
ただ、怪談としてみると印象に残るものはあまり無かった、と思っていたのだけれど、個別作品の感想を書こうと思ってチェックしてみたら意外とたんまりあった。自分では認識していなかった、というのも妙な話。
「グランドオープン」これからして何とも不思議。聞いたこともない話だし、異世界というわけでも無さそうだし、訳が判らない。
ただ、想像するに光景としては壮観でもある。何か建物の意識、とでも言うべきものが見せた幻なのだろうか。
「ミヤザキさんの姉」亡くなる人が別れに訪れる、という話なら最早不思議とも言えない位聞いてきた。しかし、この話の不思議は死去の知らせを、存在しない筈の姉が電話してきたこと。どんな存在が何故そのようなことを行ったのか。まさにシュールとしか言いようが無い。
「病棟にて」前半の怪異も奇声に放屁とあまり聞かないレベルのもの。しかもその時にやって来た看護師がまた怪異だったというのは面白い。似たような設定はこの後の話にも出てくるけれど。
この看護師が語った怪談は、この病院に本当にある話なのだろうか。それともこれも存在しないものだったのか。
「顔振峠」まず地名が不思議。どうしてかあぶり、などという読み方になってしまったのか。恒例義経絡みの伝承では単に振り返ることから付いているようなので、読み方を特殊にする必要もない。かおふり、だって読み辛くも何ともない。埼玉の飯能だから、強烈な方言が、というわけでもなさそう。訳が判らん。
ともあれ。この地を訪れた二人が直後に揃って自殺してしまう。その亡くなった兄から送られた謎の写真たち。一体何が起こったというのだろう。
厳密に言うと怪異は一つも起こってはおらず、怪談では無いともとれるけれど、個人的にはむしろ気になる話。ディアトロフ事件程ではないにしろ、こういった謎を聞くと、いろいろと想像してしまって結構怖くなる。
二人が同時に死んだ、というだけだったら旅先で大喧嘩して、という可能性も無いではないものの、理解不能の写真が怪しさを深める。
おまけでここの心霊噺を語っているけれど、霊を見たことで帰ってから死んでしまう、というのは腑に落ちない。修験の山、というのも関係あるようには思えない。蛇足の情報と言えそう。
「その女の姿」怪異に出逢った四人が四人共気絶してしまい記憶も失われている、と。怖ろし過ぎたのか、それとも登場したモノにそういう力があったのか。
「巨大洗面器」この話の評価は、語り手の言う「洗面器」という表現がどれだけリアルなものか、にかかってくる。
もし洗面器のような形の円盤状のもの、ということだったら、こう言っては何だけれどよくあるUFOネタの一つ、に過ぎない。
しかし、これが明らかに洗面器の形をしている、さらに言えば質感もそうだ、ということになると、これまた想像を超えるシュールネタとして興味を惹かれる。むしろ妖怪系な印象か。狐狸に化かされた、というところかもしれない。そうだとしてもスケールはでかい。
「山伏塚」これは怪談とは全く関係ない部分で面白かったので。
特殊な技能を持つ人間に依頼を行って、それを成就した後秘密を守るために消してしま、という話は時折ある。
しかし、ここではまず山伏が備えられたお宝を我が物としよう、と欲したことが原因で殺されてしまう。何たる強欲。まあ殺されても仕方あるまい。とにかくうけた。
「解錠」独り暮らしの部屋で施錠も確認されている。しかも当人は既に鍵を開けられる状態ではない。それなのに、目の前で音と共に解錠される。物理的な現象を起こす、というのは貴重だ。しかも家族には酷いところを見せまい、というその方の気遣いまで感じられる。
「使者」怪しいと思わせていたものが、一旦リセットされる。怪談としてはむしろおや、と思わせておいての逆転落ち。なかなか心憎い掌編。
「白い腕」霊が鍵を持っていく、というだけでも不思議なのに、それを現実には困難なロッカーの中に入れてしまう。勘違いなどではあり得ないし、妙な話だ。
「命のやり取り」落語の「死神」のような一編。病巣が全く見つからないままの癌というのは。また夢の中とは言え、死神らしき存在が黒装束ながら医師とナース、というのは面白い。時代なのか。
また、命をいただいた方も数ヶ月後には亡くなってしまったというのは、母自体もそこまでの寿命だった、ということなのだろうか。
「長い髪」意識を操作して墓を掃除させる存在。なかなかに強烈だ。しかもそれだけでは手に髪の毛が絡みつく原因とも思えない。ついでに何か憑いてきてしまったのではないだろうか。小品ながらじとりと気味の悪い作品。
「仏壇と背中合わせ」これも怪談自体ではなく、前段に書かれた「祖父にも限界というものはあり」という文言で声を上げて爆笑した。家の中で読んでおり、電車の中などで無くて良かった。昨今では前以上に白眼視されることこの上なかったろう。
「秋津の本屋」現実には存在しない本屋。最新のしかもマニアックな雑誌まで置いてあるようだから、タイムスリップした、というわけでもないようだ。第一、他の客が普通ではない者たちだったようだし。顔がない、というのはのっぺらぼうだった、ということなのだろうか。
こういった話を聞く(読む)と、一体どういうことなのだろう、とぼんやり考えてしまう。
全体に、不思議、というワードが浮かんでくるような話が多い。自分の嗜好性ともマッチしているので、そのあたりも読んでいて楽しめた要因の一つかもしれない。
気になったのは、とにかくどの話でも、語り手の年齢といつ頃起こったことなのか、しかもかなり正確に記録されていること。ここまで書いている人は他にいない。
さらに、以前から自分の親族に関わる話を取り上げてきたこともあるのか、登場人物たちの間の親族関係もかなり意識して記述されている。従叔母(いとこおば)という続柄など、初めて聞いた。
恐怖を追求する通例の怪談集とは大分趣が違うけれど、こうしたものもたまには気分が変わって実に楽しめた。
一〇八怪談 鬼姫posted with ヨメレバ川奈 まり子 竹書房 2020年07月29日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る