営業のK/闇塗怪談 消セナイ恐怖

 文章や語り口にちょっと難があり、些か興を殺がれるところはあるのだけれど、ネタがそれを超えて興味深く、印象的な一冊だった。

 「溶けていく」風呂の中の怪異だけであれば、もしや高熱の風呂に入ったショックで失神してしまい、その状況で見た幻覚か、と思えなくもない。
 しかし、ここでは書いた覚えのない遺書まであった、というから話は違う。いつどうやってこれを書いたのか、という疑問は残るものの、不思議であるのは間違いない。

 「家族が怯えたモノ」本来この手の本のメインとなるべき「霊的な現象」を、この一言だけで終わらせてしまう、という荒技をそれを超えて猶奇妙な話ではある。
 家族三人が同時にしかも別々に自殺してしまう、というのは普通ではない。
 その一方で本人にとっては旅行時を除き何も変化も怪異も無かったわけで、本人同様こちらもさっぱり判らないとも言えるし、そのためにかえって怖くもあったりする。

 「暗闇の中だけで」見る度に次第に近づいてくる霊。暗いところでのみ見えていながら連続している、というのが興味深い。ある種王道ではあるけれど想像するとなかなかに怖い。この語り手は何とか生き延びられたのでこうして伝えられているけれど、そのままあの世へ逝ってしまった、という人もやはりいるのだろうか。

 「井戸の中へ」真っ暗な井戸の中でこんな目に遭ってしまったら、とても正気でいられるとは思えない。しかもほぼ死の直前まで味あわされている。
 どうして助かったのか何とも気になるけれど、本人にも判らないものはどうしようもない。残念だ。

 「左利き」自分自身元々左利きでそれをある程度矯正された過去があるので、その不便、苦労はよく判る。しかし、それが呪いになってしまうことがあるとは、実に不気味で怖ろしい話だ。
 最後に書かれている著者の感想は言わずもがなだし、全く余計。ただ興が殺がれるのみ。

 「悪魔というモノ」舌が後天的に大きく変形し、しかも伸びてしまう、ということなど普通では考えられない。さらには会社の健康診断という公共の場での体重異常など、客観的な怪異が幾つも起きており、ネタは極めて特殊なものではあるけれど、信ずべきところはある。彼女のその後は是非取材して欲しかったところだし、現在どうなっているのか気になって仕方が無い。

 「入口も出口もない建物」新耳袋の「山の牧場」を代表とする異常な建物話。大好物である。これも、相当にやばそうな物件であることは間違いない。
 神社の本殿に窓などはないのが普通(といいうよりあるものをほぼ見たことが無い-巨大な出雲神社でも無く、吉備津神社本殿のみ嵌め殺しの窓らしきものがある)ながら、出入り口も無い、というのは流石にこれまた見た記憶がない。
 ただ、日本の神様は結構な割合で祟り神だそうなので、障りが強烈なのであれば封じ込めるためにそうすることも無いとは言えないかも。現にここでは随分と暴れていらっしゃるようだし。
 どこにあってどんなものなのか是非実見したいところながら、二重の壁に阻まれてしまっていては無理そうだ。
 ただ、何故この時期急に囲う必要が生じたのか、工事に携わる人間に何故何事もなかったのか、など疑問も残る。

 「凍死するということ」最近注目している山の遭難が怪談に重なった噺。これまた大変興味深い。
 ただ山で遭難した際、人によってはかなり簡単に、まだほとんど衰弱していなくても幻覚を見ることがあるようだ。怪しい行列は幻覚、リュックは動物によって(熊は結構あちこちいるようだし、猿の可能性も)持ち去られ、偶然落とされてしまった、という可能性も充分有り得る話ではある。

 「野辺送り」けっこうな数の人間が同時に消えてしまう、というのは尋常ではない。死ぬよりも怖ろしい。一体何処に行ってしまったのか。
 ただ、これだけ凄い事件なら、しかも警察も介入したとなると、記録として残っていてもおかしくはない。この時代それなりに話題になっていないとおかしいのでは。デマである犬鳴村や杉沢村ですら結構取り上げられているものだ。
 さらに、何とか誤魔化して行っている、という可能性はあるにしても、ここで書かれているような遺体処理の方法は明らかに違法である。それも気になるところ。

 「件というモノ」小松左京の傑作「くだんのはは」を読んで以来、ずっと気になっていた存在、件。その後新耳袋でも取り上げられるようになり、怪談界ではかなり有名なネタとなっている。
 ただ、この件という妖怪、本来は頭が人で身体が牛らしい。確かに予言をするというのならそうでなければおかしい。昨今では着ぐるみがしゃべったりもするので動物の姿で話すことも違和感が無くなりつつはあるものの、その発声をどう行っているのかと考えると理屈には合わない。
 小松左京が何故逆にしたのかは不明ながら(人が産むところがミソだろうか)、彼の小説中で描かれていた、和室に着物姿で正座する牛頭の女性の姿、というのは想像するだに強烈でしかも美しい。その想像が最早頭から離れなくなってしまっている。
 夢で見た場所と同じである、というのも夢が繰り返されたモノであるならデジャヴュでもないようだ。とは言え、学校の中にあるとは思い難い部屋ではあり、現実空間のものでは無いと考えた方が良さそうな気がする。では何なのかと問われても全く判らないけれど、なかなか印象的な場所であることは確か。

 これまでこの著者の作品は、さほど印象に残ってこなかった気がするのだけれど。
 著者の作風もしくはネタが違うのか、こちらの感じ方が変わったのか、あるいは偶々か。 いずれにせよ、かなり楽しめる作品集だった。
 大満足。

元投稿:2020年3月頃

闇塗怪談 消セナイ恐怖posted with ヨメレバ営業のK 竹書房 2019年12月27日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る