つくね乱蔵/恐怖箱 厭還

 もう何冊目になるか判らない馴染みの著者。
 今回はなかなか印象的な作品が多く、堪能出来た。

 「二十年目の私」時折ある(今読んでいる小田イ輔の本にもあった)入れ替わりもの。ただ、大抵は親など周りの人間がどうも変だ、というもので、この作品のように本人が語る、というものは無かったように思う。まあ、通常本人には自覚など無いものだろうし。 旧校舎で何がどうなって入れ替わりが起きてしまったのか、謎は残る。

 「長男の嫁」家に纏わる呪いの中でもかなり強烈な部類に属する。最後も救いの無い哀しいもので印象は強い。
 ただ、どうも話がちぐはぐでもあって混乱してしまう。
 語り手が真実に気付く発端は、お嫁さんが神社で祈祷を断られたことにある。妊娠を願っていたということだ。
 しかし、後半になって彼女は呪いを知っていて納得の上で結婚した、子供はあえて作ろうとしていなかったのだ、と。
 完全に矛盾している。
 兄も結局自殺するのであれば何故結婚してしまったのか。まあ、これは止むに止まれず、という気持ちも想像出来なくは無いのであり得ない、とは言わないまでも、素直に納得し辛いところではある。

 「赤いタオル」怪しい存在がいる、というだけでなく、血が大量に垂れたり額に穴が開いていたりなど派手だ。情景を想像すると何だか凄い。
 列車に轢かれかけた、というのは自分の驚き過ぎによるものなのでただの偶然だろう。霊がイヤホンで音楽を聴いている、というのも新鮮。

 「反撃」一体何がどうなるとこんなことが起きるのか、何とも不思議だ。
 数々の女性たちの恨みが臨界点を超えた、ということなのだろうか。彼女自身はこれが唯一の体験だそうだから、やはりそう考える方が自然かも。
 でも、語り手に訴えても男に何か報いがあるわけでも無いのが残念な話だ。

 「そのときは近い」家の中の描写が実に怖い。王道の恐怖がみっちりと描き出されている。
 何故このように嵌められてしまったのか。可能性が高いのは、男が最近この家を購入し、その汚れを彼女に押しつけてしまおう、と狙われたというもの。
 ただ、それにしても別の誰かを入れれば祓えると何故知っていたのか、本当にこれで家自体は問題が無くなったのだろうか。そして、語り手はいずれ来る限界をどう乗り越えていくのだろう。それを考えるだけでもじんわりと怖ろしい。

 「破棄される部屋」祖父の部屋から次々と見つかる怪しい品々。生前一体何をしていたのだろう。
 また叔父がどうなってしまったのか、後から見つかった大量の血というところから厭な想像しか出来ないけれど、どうにも気になる。やられたにしろ、血液以外何も残っていない、というのは妙だ。
 ただし、実際に負担出来る親族がいるのに行政が片付けを行ってくれるもしくは行えるものなのか。やや不審な点ではある。

 「ぬいぐるみの肉」時折登場する不幸を呼ぶ家。今回もなかなかに強力だ。
 ただ、この話正確には怪異が起きているわけではない。
 また、再び埋められたぬいぐるみをどうしたのか、語られてはいない。
 とは言え、現在進行形の事態、その後どうなったか知りたいところだ。無理とは思いつつも、何が起きているのか、という理由も含めて。
 語り手には愛猫以外の不幸が訪れていないのかも気になる。何だか淡々とした語り口も、ここでは語られていない何かがあるようにも思えてしまうからだ。

 「名前を付ける」もショッキングな結末で印象は強い。
 しかし、客観的に考えると語り手の精神に由来するものでは無いか、ということが疑われてしまう。彼女の主観以外に何も起きておらず、他の誰も怪異も赤ちゃんの泣き声すら共有してはいないからだ。元々精神的に不安定になり易い時期でもあるし。夫の会話にもちょっと逸脱してしまっているような匂いを感じる。事故はただの偶然だとしても不思議は無い。
 また、夫の生死は不明ながら、語り手は現在どう生計を立てているのであろうか。何か仕事に就いている感じは全くしないのだけれど。
 実のところ、この話何処までが現実のものなのか、という疑問すら生じてしまう。事故は本当に起きてしまったのか。子供はちゃんと存在したのか。結婚していたのは間違いないのか。

 「山の人」理想的な田舎暮らしが暗転してしまう恐怖。
 夫の死んでいくところをただ見守るしかない、という際の心境というのはいかなるものであろうか。絶対に経験したくないものであることは間違いない。
 ただ見ているだけでも、ずっといる、しかも訳が判らない、というのは精神的に応えるだろうことは充分に理解できる。
 夫と怪異が遭遇したところで一体どんな会話が交わされたのか、何とも気になる。多分会話の内容そのものよりも、相手に取り込まれてしまったようなものなのだろうけれど。笑顔で裸になってしまうという辺りからしても。

 こうして再読しても、結構障りが強烈。ただ見た、遭遇した、と言うに終わっていない、むしろ後に最悪の結末を迎えてしまう、厭な後味が残る作品が多かった。
 一方で辻褄が合わない、腑に落ちないところが散見されるのも確か。必ずしも正直である必要も無いので、その辺りは上手く整えてから発表してもらった方が有難い。
 気になるところが出てしまうと、恐怖に没頭出来なくなってしまうからだ。折角非日常を味わいたくて読んでいるのに、冷めてしまうのは勿体ない。

元投稿:2020年2月頃

恐怖箱 厭還posted with ヨメレバつくね 乱蔵 竹書房 2019年12月27日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る