服部義史/蝦夷忌譚 北怪導

 こちらも4月末発売の新作。

 北海道の各地を実名で登場させながらの怪談。
 しかし、都市部の住宅街(特にアパート)で起きている話が多く、地元ならでは、と思えるような話は多くない、というかあまり無い。
 全体に不条理な怪異が多かった。ただ取材不足なだけのせいかもしれないけれど。

 「北区のアパート」水たまりが出来ているだけ、というのなら合理的な説明が可能かもしれないけれど、それが集まって宙に浮き消えてしまった、となるともう駄目だ。
 一体どうしてそんなことになるのか気になる事例である。
 その後熱が出た、というのが怪異と関係あるかは何とも言えない。何だかそういう類のものとは感じられないのだけれど。

 「上階の住人」これも誰か不審者の仕業かも、と思わせながら、瓶が天井をすり抜けるシーンを目撃してしまう。
 こうした本来家の中に無い物がいつの間にか存在して、という話はたまにあるけれど、それが出現する瞬間を捉えた、というのは聞いたことが無い。大変貴重な話だ。
 これもその訳が知りたくて堪らなくなるタイプ。瓶が常に埃を被っている、というのも何やら曰くありげだ。

 「手稲区のコンビニ」出現すると必ず火事を引き起こす怪異。かなり質が悪い。
 この体験者も行きずりのようだし、こんなものにつきまとわれてしまうと気が気ではないだろうな。

 「膜」これまでも不条理ネタが多かった中で、この話は一番訳が判らない。
 通り抜けた、という膜とは何だったのか。何故郵便受けのテープは剥がれていたのか。突然チャイムを押した理由は何なのか。どうして怪談を転げ落ちた後見知らぬ(おそらく下の階の)部屋に寝ていたのか。隣にくっついている老人とは何者なのか。
 挙げ句に何故に同じ日を二回迎えることになってしまったのか。
 手掛かりすら全く提示されないので欲求不満は募るばかりだけれど、不思議さではかなりのもの。

 「部屋と看護師と私」うら若き(美人)看護師かと思っていたら不気味極まりないおっさんの霊だった、というのは普通にお化けを見た、というのよりも二重にそして遙かに怖ろしくおぞましかったであろうことは想像に難くない。同情に値する。
 男は何故頭に箱など乗せていたのだろう。やはり体験者を担いでやろう、という茶目っ気だったのか。

 「ある家の傀儡」家の内装がいつの間にか勝手に変わってしまう。そういうリース契約でも結んでいるならともかく、まああり得ない話だ。
 ただ、そこからホームパーティに繋がっていく流れがよく判らない。別に人に見せなくてもインテリアは変わっていたようだし、そのことがどんな意味を持っているのか。
 体調を崩し易くなっている、というのがこの家を訪問した人のことであるなら、何かの影響を及ぼしたいが為、ということなのだろうか。

 「洗濯日和」途中のコントのような詳細な描写は何だか冗長な感も無いではないけれど、洗濯槽にすっぽりと生首がはまっている図、というのはビジュアル的に来るものがある。
 しかも染み、という物理的証拠まで残してくれて。

 「独り暮らしの訳」これも因縁話のようではあるものの、各エピソードの繋がりがおかしく由来も全く見当が付かないため、不条理にしか見えない。
 先ず元々発端として何故祖母は急に縄を結い始め、その完成前に死んでしまったのか。
 日数は書いていないものの、会社を一時休んでいる間の出来事、と取れるのでそう長い期間では無さそうだ。とすると裏の祠は長いこと放置されていた、と考えられる。
 祖母の死そのものは偶然だったとして、彼女が一体何故そういう行動に出たのかは不明である。
 そして、その縄を使っての祖父の自殺。これまた唐突で意味不明。
 そこから孤独へと転落していく一連の出来事は出来過ぎと言わんばかりに不幸のオンパレード。相当強烈な祟りと見なす外無い。
 祖母が彼に語りかけてくるのも全てが終わってしまってから、という名探偵張りのタイミングの悪さで、これも電波が悪かったのか途中の肝心なところで途切れてしまい、語り手は無謀な行動を起こしてしまう。
 そしてそれ以降、書かれているところでは何も起きていなそうなのはこれまた何故なのか。それとも起きていることが語られていない(語り手に感じられていない)だけなのか。
 あまりに不明なことが多過ぎる。そこまで不条理な話なのか、著者の追究もしくは整理が足りな過ぎるのか、それとも話自体の信憑性に問題があるのか。
 凄い話だけに、矛盾や疑問がどうにも気になってしまう。真実はあるにしても、この話を全てそのまま受け取ることは出来ない。

 「親孝行」不思議なちょっといい話、という位置付けだと思うし、事例としてもありそうで無かったユニークなものではある。
 ただ、これも不審な点はある。
 食べ終わった食器はどうしていたのだろう。まあ、これは書いていないだけで語り手が片付けていたのかもしれないけれど、それすら出来る暇が無い程忙しかった、という感じもする。それにそんなことをしていると我に返って気付きそうなものだ。
 作っている鍋釜も気になるけれど、根本的に問題なのは、その食材はどうしているのか、ということ。
 先と同様の理由で語り手が買い物をしている、ということは有り得ないだろう。
 とすると、無から料理が生まれ出ているということになり、これはかなり驚くべき事例となる。どこか他所から移動してくる、というのでも事件になりそうなものだし。
 食べたつもりになって実際には何も食べてはいなかった、と考えれば納得はいく。幻覚を見てもおかしくない精神状態であったろうことは想像できる。
 無粋極まりない推測ながら、矛盾した話をそのままにしておくことも我慢できない。

 怪異としては些細と言っても良いものがほとんどだけれど、目新しさは感じる作品がそれなりにあり、楽しめる内容ではあった。
 しかし、結構各話に近いレベルで最後に付いてくる著者の締めの文章、これはいただけない。全くの蛇足であり、別の本でも同じことを書いたけれど、興を殺ぐ行為でしか無いので止めて欲しい。
 

蝦夷忌譚 北怪導posted with ヨメレバ服部義史 竹書房 2020年04月27日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る