知恩寺を無事拝観し終えた段階で、まだ明るさの残る時間だった。
そこで、欲張って程近くにある吉田神社へと足を向けることにした。
ここの斎場所大元宮が重要文化財に指定されており、その拝観を狙ったのだ。
天気は崩れつつあり、ぽつぽつと小雨がぱらつくようになっていた。
それもあって薄暗くなりつつあり、気分的にも何となく下がり気味。
今出川通りを渡って、京都大学の敷地の周囲を回り込んで神社へと向かっていた。
ふと気付いたら、何だか、手首の辺りがやたらと痒い。
見ると、時計をしている辺り、手首の内側から赤味が広がっており、小さなぼつぼつも発生していた。
しかもそこだけに留まらず、脇腹の辺りも結構強烈に痒くなってきていた。
これはおかしい。
そう思った頃、更なる変調が襲ってきた。
どうやら発熱してきたようで、暑怠いのだ。
それだけでもなかった。
視界が乱れてきて霞んだような感じになり、輝点のようなものが下方を中心に沢山ちかちかと光り出した。
当時はこれが初めての経験だったので何なのかまるで不明だったけれど、後の経験からすれば、これは貧血の初期症状に他ならない。
こう立て続けに妙な具合になってしまうと、流石に動けるものではない。
とにかく全身猛烈に痒くて溜まらないし、頭もぼおっとして脳内に靄が掛かったような気分だ。
様子を見ようとその場に立ち止まった。
何しろ未経験のことばかり。
どう対処すれば良いか何も浮かんでは来ず、自分の体調の成り行きをじっとしながら見守る外無かった。
実際のところ、客観的に見れば見守る、などという余裕すら無く、しばしただただ呆然とするうち、これまたどうしたことか目の霞みが収まってきて熱っぽさも徐々に引いていった。
痒いのは変わらなかったものの、こちらもそれまでのようにどんどんと拡がりきつくなってくる、ということは無く、平行線かやや収まってきているような感触であった。
やがて、痒みと皮膚の赤味以外、それまでの不調が全く嘘だったかのようにすっかりと回復してしまった。
酷い状態だったのは精々十分位だっただろうか。
基本すっかり通常復帰したことで気持ちも落ち着き、旅を再開することにした。
間もなく吉田神社に到着すると、大元宮を門外より参拝した。
お参りし終えた時には、既に日も暮れた頃合いで大分薄暗い。
これでこの日の予定を終了し、宿に向かった。
そして、それ以後旅の最中に再度具合が悪くなることも無く、無事に帰京した。
この時には、蕁麻疹の原因やメカニズムについても一片の知識も持ち得てはいなかった。
なので、これが食物アレルギーであることも、危険な病気の予兆であることも全く認識することは無かった。
ただ、疲れか何かで一時的に具合が悪くなっただけ、と思ってしまったのだ。
確か奥さんにそれを報告もしなかったような気がする。
どんなことも、過ぎ去って初めてその真の意味に気付く。
この時点では、まだ本当に何一つ判ってはいなかった。