東京国立近代美術館/鏑木清方展

2022年3月18日~5月8日開催

2022.4.13拝観

 やはり、清方はいい。

 特に30~40歳代に描かれた美人画は、堪らない艶と伸びやかさに溢れ、観飽きることがない。
 いつまでだって観続けていられるだろう。
 美人はどう考えても三日では飽きない。一生ものだ。

 近隣が桜の名所なので、その時期を避けての訪問。
 何故か清方展は混んでいないだろう、などと勝手に思ってしまっていたけれど、そんなことは無かった。

 会期後半に入った辺り。
 行列とまではいかないけれど、会場入って直ぐはどの作品にも人が佇んでいる状況。
 おそらくは人数制限も以前より緩くなっているのだろう。
 いっそのこともうそろそろ通常の平日は予約入場など止めても良いのではないだろうか。

 展示は作品のテーマ別になっているようで(いつもあまり気にしていないのでよく判らないことが多い)、テーマ毎には年代順になっていても、章が変われば元に戻ってしまう。
 結局どれもほとんどが女性画であまりメリハリは無く変化も無くて、展示で魅せてくれたり発見があったり、はしない。
 まあ、後述する「築地明石町」入手記念展示、のようなものだからそれで良い、のかもしれない。
 ただ、企画としては凡庸なものであった、というのは否めない。
 最近、「ポンペイ」「ミロ」など、自分はもうよく知っているし、などと驕っていたら、見事まだまだ知らぬことばかりであった、と自らの無知を恥じることになるような素晴らしい冴えた切り口の企画が相次いでいたので、余計そう感じてしまうのかもしれない。
 先にも書いたように、基本展示のテーマとか解説などにはほとんど興味がないので。

 清方、と言えばやはり美人画、ということになる。
 その他の作品も僅かながら展示されていたけれど、それらはどうしても他を圧するような独自性、魅力に溢れている、とは言い難い。

 しかし、女性を描かせれば無敵だ。

 清方の描く女性像は、美貌や艶が際立っているだけではない。
 そこには品格や芯の強さが感じられ、それらが内面から輝く光となって観る者の心を刺し貫く。

 それが一番端的に現れているのが「築地明石町」だ。

 この作品では背景は素描のように簡素にひっそりと描かれており、否応なしに視線は中央の女性に集まるようになっている。
 その姿は、ふと立ち止まり後ろを振り返った瞬間を捉えている。
 すっとした佇まいで、
 「凛とした」という言葉がこれ程似合うものも他に無いだろう。
 全く逆の構図ではあるけれど、見返り美人を意識しているようにも感じられる。と言うよりまるで気にしないということはおそらく出来なかったろう。

 これがまた世に出てくれて、本当に良かった。
 噂によると(「国宝」という書籍)、組関係の所蔵となってしまい、全く公開されることも無いまま幾年月‥‥。

 この作品を近美が購入した際にも、常設展示の方で一時御披露目された。
 ニュースでそれを知り、矢も楯もたまらず観に行った。
 しかし、時間配分を完全に間違え、閉館前の数分しか充てられない羽目に。
 ちょっとでもくっきりと印象に残る作品とは言え、明らかに欲求不満が残ってしまっていた。
 今回じっくりと観尽くすことが出来、ようやく溜飲が下がった。

 この作品、「新富町」「浜町河岸」との三部作。
 その全てが東京国立近代美術館に収まり、見事な揃い踏みとなった。
 これら二作も明石町と似たような作風で、完成度も高い。
 こちらも「築地明石町」収蔵時に展示され、慌ただしく拝観した。
 改めて心ゆくまで鑑賞できた。

 ただ、やはり明石町の方が一段上、だなあ。

 他にも、印象的な作品は幾つもあった。
 中でも見惚れてしまったのは、「墨田川両岸」「微酔」「雪粉々」など。
 それ以外にも山程素晴らしい作品はあったけれど。

 今回、こうして彼の作品を久々にまとめて拝見し、彼の作品では、青~緑という、個人的にも一番好きな色味が実に多用され、しかも効果的な使われ方をしている、ということが判った。
 その色味だけでも惚れ惚れする。

 どうやら、自分が好きになる作家、というのは、無意識にこれらの色を巧く使っている人々を選んでしまう傾向がある、ということなのかもしれない。

 ともあれ、好きな画家の個展、というのは堪能できて素晴らしいものだ。
 満足この上なし。 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。