加藤 一:編/恐怖箱 祟目百物語

 9月に定例購入した3冊は、この本を含めてどれも超短編ものばかりだった。
 短い方が興味深い話も比較的多い、という傾向はあるけれど、読み応えはやはりある程度長いものの方が強い。
 個人的にもその方が好みなので、こう続いてしまうとちょっとした欲求不満になってしまうのも確か。

 この作品集は一頁ものも多いけれど、逆に5頁位のものもあって結構ばらばら。
 短いものでもショートショートのような一発オチ、というものは無く、シンプルで拡がりも作れそうに無いものを拾い集めた、という印象。
 と言いつつも、この中では比較的長いものを中心に気になる作品はわりと多かった。

 「誰よりも高く跳べ!」集団の人間が目の前で3m以上ジャンプしまくり、そして消えてしまう。かなり物凄い光景だ。しかも聞いたことも無い。こういうモノたちは一体何なのかとても気になる。理由が判らんだけに。
 ただ、腑に落ちないのは、冒頭叫んだら消えた、と書かれているのに、その後の描写では逡巡している内に徐々に消えていった、とあり矛盾している。
 どちらかが間違いなのか、全てが嘘なのか。

 「ドローン怪談」怪談の凄いところは、時代の流れに従い、新しいテクノロジーもきちんと対応していく、というところだ。
 ついにドローン絡みの怪談も登場。これも見た人間はたまらん怖さだろう。
 彼らも適応してきたとなると、今後はドローン映像も気をつけて見ていかなければならなそうだ。

 「ラビリンス」語り手は異世界からの迷い人、なのだろうか。ただ、元には戻れていなくても何らかの形で迷宮からは脱出できた筈なので(そうでなければこうして語ることも出来ない)、その辺りの経緯は気になる。
 全く見知らぬところよりもむしろ実家というよく判っているつもりのところで迷ってしまうというのは、精神的によりきついのでは。

 「ウメザワさん」病院では普通の対応をされたようなので、誰かと存在が入れ替わってしまった、という話でも無いようだ。むしろ呼びかけてくるのはこの世の存在では無さそう(年寄りばかりだし)。この状況でこれは何ともしんどい。病気と共にその後快癒したのだろうか。不条理ものとしても面白い。

 「長電話」単に声のトーンが違って聴こえた、というだけの話だし、電話での話も具体性は無くそこはかとない。にも関わらず、何かこの話は厭な雰囲気が横溢している。ここでは描かれていないもっと変なこと怖いことがあちこちで起きていそうな、そんな空気感を醸し出す、ムード怪談とでも呼ぶべきものか。これはこれで面白い。

 「蓋」短く、些細とも言える怪異。でも、このように物理的なものが、それもまるっきり意味不明の代物が続けて落ちてくる、というのは気味が悪いことこの上ない。一度きり、というのがむしろ怖い。

 「河原町」京都の道は皆同じに見えるので迷い易いとも言えるけれど、そういうものでも無さそうだ。この辺りのことはよく知っていそうだし。歩き続ける、という以外の解決法は無かったのだろうか。
 丁度逢魔が時か。これも京都という街の怪しさから、こんなことがあっても不思議では無いような。狸の仕業かもしれんけど。
 また、優しいとは言え明らかに人ならざる存在、彼らに再び遭って御礼を言いたい、と思う語り手の気がしれない。

 「水音」何気ない行動からトワイライトゾーンへと侵入してしまう。最初はさり気ない程の異常がどんどんとエスカレートしていく。そこまでは王道の展開ながら、それが突然勝手に終熄してしまう。言葉の意味も判らず何が起きたのかどうして解決したのかもまるで不明。実にシュールな展開が興味深い。勿論真相は気になるけれど。

 「トラロープ」嫌がらせのように首吊りの気配を感じさせ続けていたのが、何故か急に直接行動に打って出る。危ないところだった。卒業間近の頃のようだから、卒業したら出ていってしまうかも、と思ったのかとも推測してみたけれど、ヤツは引っ越しても憑いてくるんだった。何故ここで豹変したのかはやはり謎だ。
 気配や姿だけで無く、ロープという形を残していくのが厭らしい。

 「川沿いのマンション」地縛霊などの存在がいつまで出続けるのか。これは難しく気になる課題ではある。ここでは3年という期間のせいなのか、あるいは何か別の要因があったのかは不明ながら、明らかに期限を迎えてしまったようだ。複数の人間が見ているモノでもあるので信憑性は高い。

 「磯遊び」溺死者が、道連れにしようとするのではなく助けてくれる。貴重な存在だ。
 見つけて欲しいという思いがあったせいかもしれないけれど。

 「ブルースクリーン」空中に浮かぶテレビと人影、というのはいわゆる「霊」とは違うもののように感じられる。
 その場所の記憶、かとも思えては来るけれど、およそそんな事例他に聞いたことはない。見えるものからは事件とか緊迫した状況、というのも想像し辛く、それだけがそこにわずかな期間だけあり続けた理由はやはりまるで不明という外無い。
 ただ、その光景を思い浮かべると実に不思議としか言いようが無く、何とも印象的。

 「地下道」こういう謎の空間、建造物。気になって仕方ない。これは異世界などではなく実在するもののようだけれど、それだけ一層いつ何のために作られたものなのか、真相を是非解明して欲しい、と願わざるを得ない。まあ無理だろうけど。
 ただ、地下二階レベルとすると相当に深く、防空壕として使うものなのだろうか、という疑問は残る。絶対的な否定は出来ないけれど。それにそれだけ深ければ焼死の可能性も低い(沖縄ではないので米軍に直接攻撃された筈もない)ので、そこにいた異国の人々、というのが何なのかも気になる。

 「坂の踏切」この話自体はささやかな怪異だけれど、この霊(例)では語り継がれながら30年以上も出続けており、粘り強い。まだ未練が解決していないせいか。

 「パンイチ」人情噺と不条理譚が奇妙な形で連結してしまった、鑑賞の仕方読み手の感情の落としどころも何とも難しい、かなりの珍品。
 パンツ一丁のまま遠くまで瞬間移動してしまう。戻る途中の気恥ずかしさなど想像するとギャグものとしか思えない。ところが移動した原因はどうやら移動先の友人が死に際して呼び寄せたもののようだ。体験者当人が嗚咽するのは当然としても、読み手はやや当惑のまま置き去りにされる。
 落ち込む友人が心配だからといって、恥ずかしい思いをさせることがショック療法にでもなるというのか。自分の死を知らせる、という役にも全く立ってはいないし、その意図がまるで想像もつかない。
 ともあれ、ビジュアル的には破壊力がある。

 「ペットカメラ」愛犬が全裸のおっさんに見えてしまう。最悪だ。
 自分だったらそんな目に遭ったらその犬を飼い続けるのは難しい気がする。常にその姿を思い返してしまって気持ち悪さに耐えられそうにないからだ。当人の幻覚、という可能性は残るけれど。

 「狐憑き」壁に垂直に立ち、天井に張り付く。これが確認できれば、怪異というものが実在するまたとない証になるだろう。ただ、現代では創作と思われて信用されないだろうことがかえって不幸でもある。是非この目で見てみたい。人生観変わるな。

 「エアコン」これは複数の人間が見ている前での怪異。これまた貴重な事例だ。
 ただし、これがエアコンに付いているもの、と思い込むのは早計ではないだろうか。
 むしろ新品の電気製品に霊が宿っているとは思い難い。たまたまエアコンから出てきた家に住まう霊、と考える方が妥当なのでは。
 勿体ない、とは思いつつ、その後何事も無いようなので正しい解決法だったのかもしれない。

 「アイロン」これも物理攻撃を加えられるなかなか強烈な怪異。アイロン自体が怪しいモノだったようで、何か因縁があるのか気になるところ。

 「しゃがみ女」車ネタとして王道とも言える足首を掴む手。街中で起きている上に当人はやられ慣れている様子。しかも助けを求めるのでも無く、むしろ遠ざけようとする。
 美人のようだし、これまで助けられたためにかえって厄介な羽目に陥る、という経験が結構あったのかもしれない。それでも、その対応がむしろ不思議に感じる話。

 こうして読み返してみると、映像としてインパクトがある、ユニークで印象的、な作品に恵まれていたようだ。
 光景を想像するだけでかなり楽しめる。

恐怖箱 祟目百物語posted with ヨメレバ加藤 一/神沼 三平太 竹書房 2020年07月29日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る