どうあっても時間は足りない 大阪・吹田~奈良・橿原 3 旧西尾家住宅


電車にはわずか2駅、4分の乗車で別れを告げ、吹田の街に出た。 しかし、駅前には驚く程何もない。ただだだっ広い道路を沢山の車が通過しているだけであった。

 

それから10分程歩いた住宅街のど真ん中に、「吹田文化創造交流館・旧西尾家住宅」がある。

そこまでの道中、例によってほとんど案内も無く、事前に調べておかねば辿り着くことは到底不可能だった。

 

吹田文化創造交流館と大層な名称がついているけれど、何か施設を建てた、というわけでは無く、保存された住宅をそう称しているらしい。むしろややこしい感じがする。

 

門は道からかなり奥まったところにあり、特別な形というわけでは無いものの、どうも分類し難い形。どうやら元々は長屋門だったものを、離れの建築時に長屋部分だけ壊してしまったものらしい。そう言われれば納得。

門にはでかでかと「旧仙洞御料庄屋屋敷」という表札が掲げらてれている。

ということは、仙洞御所即ち上皇の住まう御所のための作物(おそらくは米)を作っていたのだろう。

 

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旧西尾家住宅は庄屋屋敷とは言いながら、ほとんど近代の建築で農家の造りではない。

主屋、離れ東棟、離れ西棟、積翠庵、戌亥土蔵、戌亥角土蔵、米蔵の7棟が2009年に重要文化財に指定されている。

 

1895(明治28年)に建築された主屋は広く、部屋も沢山ある。縁側の外にはガラス戸が嵌められており、かなり開放的。大正から正和初期に流行するこの形式は当初からのものなのだろうか。だとしたらかなり革新的だ。流石に後から取り付けたものかもしれない。ガラスの周辺部分にカットが入れられているので、陽が当たるとキラキラと輝き実に美しい。

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他にも台所にある配電盤やテーブル、初期型の電話機などハイカラ、と言って良い器物が沢山ある。台所テーブルは武田五一のデザインと言っていた気がするので、大正末期頃の改装によるもののようだ。

一方で部屋の内部は全く和様な造りとなっており、欄間の意匠は部屋毎に様々。菊を絵で描いたものもあった。さらに、釘隠は桂離宮のものの写しなのでなかなかに美しい。

二階は残念ながら公開されておらず、観ること叶わず。

 

続いて庭園を巡り、積翠庵に辿り着く。

ここは主屋より早く1893(明治26年)の建築。藪内家にある茶室「燕庵」と「雲脚」の写しだという。写しでも重文になるとは驚きだ。

 

庭の端の方にはプールとしても使用していた貯水槽の跡や温室の痕跡などもある。

その横に見えるのは、門の脇に接続されていた離れ。西棟と東棟の2棟からなる。

外見は典型的な近代和風建築。しかし、内部にはビリヤード室や、サンルームにステンドグラスを備え暖炉もあるリビングなど洋室も作られている。

このステンドグラス、室内にある幾つかの家具に照明などのデザインもこの建物の設計者である武田五一によるものという。

 武田五一は近代の著名な建築家で、様々な建築を設計しており、橋なども結構作っている他、円山公園や桜之宮公園など公園まで手掛けているらしい。

自分としてもこれまで山口県庁舎、求道会館や京都・清水寺の参道にある五龍閣などで観ては来ていた。

ただ、これというはっきりした特徴が無く、どうも印象は薄い。かなりきちんとした建築ではあるのだけれど。

だが、実のところ、ここで見学している最中には、この武田五一のことを完全に伊東忠太と勘違いしてしまっており、あの異才がこんな素直な建築も作るのか、と本来以上にえらく感心してしまっていたのは内緒の話。

その前に思いがけず村野藤吾建築に出会ってしまったために、好きなものに次々会えてしまうなあ、とラッキーを感じてしまっていたせいかもしれない。

ステンドグラスの意匠に、流石にここで個性が出ているようだ、などと全く間違った感想まで抱いてしまってもいた。同行者がいなくて良かった。

 

ただ、先にも書いたようにきちんとした端正な造りであることは間違いなく、離れを繋ぐ渡廊下に船天井を用いるなど、見所もあるものではあった。

 

ここは太っ腹な無料公開の上に、基本はガイドの方と一緒に廻るスタイル。おそらく時間が無い、と言えば自由にも見学できそうではあるけれど。

この日はうちの旅としては極めて珍しくこの後あまり予定もなかったので御説明をお願いし、話も結構盛り上がって一緒に回るだけで一時間以上掛けてしまった。

さらに写真をしっかりと撮るために一人でもう一周したりもし、気付けば二時間が過ぎてしまっていた。こんなにさほど広くはない一箇所の見学に時間を掛けたことなど、ついぞ記憶に無い。

 

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母屋の外観全景

 

ただその分見尽くした、という充実感もちょっとだけ感じながら、ようやくここを後にした。

 

 

 

どうあっても時間は足りない 大阪・吹田~奈良・橿原 2  関西大学博物館


大阪伊丹空港に到着し、今回は珍しくモノレールへ。空港からこれに乗るのは初めてじゃなかろうか。

 

今年1/20・21にはやはりマイルの期限が来てしまって、とりあえず東京→大阪便を予約してしまったものの、真冬の最中、行きたいところも見つからず普段どうしても設定し辛い空港周辺の文化財探訪の旅に出た。

空港から歩いてスタートし、豊中市、池田市、伊丹市、宝塚市辺りを巡ってみた(宿泊は何故か大阪市内)。

今回はそれに引き続いての第二弾となる。

 

山田駅で阪急千里線、というのに乗り換える。

確か二両編成の見事なローカル線。乗るのは勿論初めてだ。

3駅程乗るともう吹田市、関大前駅に着く。

その名の通り、関西大学キャンパスの最寄り駅、ということになる。

しかし、そのわりには何とも鄙びた駅前の風情であった。

線路沿いの細い路地をしばらく行くと、少し道が広くなり、賑やかにもなってきた。ちょっと安心した。

ただ、何だかチェーン店の多いところではあった。

 

やがて右に折れてしばらく行くと関西大学に到着。

なかなか気持ちの良い校内を案内板に従って進むと、比較的奥の方に目指す博物館はあった。

もう一つ、簡文館という登録文化財の建物も探していたのだけれど、行ってみたら同じ建物のことだった。

効率が良くて助かる。

 

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外観は円形。茶色いタイルが貼ってあり、何とも瀟洒な印象がある。

周りの探索をしているうちに、取り付けられている車寄の解説から、これが村野藤吾の建築であると判明した。1955(昭和30年)に竣工らしい。

村野藤吾建築には、これまで日本橋高島屋(の増築部分)、京都都ホテル、宇部市渡辺翁記念館などで接しており、モダン様式でありながらどこか優美で繊細さを感じさせてくれるし、何より和の美というものがさりげなく取り込まれているように思われ、とても好きな建築家であった。

そんな彼の建築にこのように予備知識も無くいきなり遭遇できようとは思ってもいなかったので驚いた。

彼の建築では照明器具や階段の手摺など小物が特に見所。

このブログを書くために調べてみたら、関西大学には他にも村野建築があったらしい。これは失敗した。

 

入口の辺りで工事が行なわれており、まさかと不安になったものの、出入りは問題なかったので中へ。

すると、妙に暗い。

入ったところに立て札があり、博物館は夏期休暇中とある。

眩暈がした。

この地域の文化財探索のためわざわざここまで来て、その最初の関門でいきなり撥ねつけられてしまうとは。

学校の施設なので、日曜休み、というところまではチェックしていたのだけれど、まさかそんな罠があったなんて。

しかも既に9月も9日だというのにまだ夏休みだと。休み過ぎじゃ無いのか大学生。

などとさまざまな感情が渦巻くも、やっていないことには変わりが無い。

 

一旦諦めかけた、その瞬間にキラリと閃いた。

入口から閉鎖されていたのならもうどうしようも無いところだろうけれど、中に入れた、ということは人はいそうだ。

元々この施設は無料観覧のところでもあるし、とりあえず事務室に行って訴えてみよう、と。勿論おそらく無駄足に終わるだろう、とは思いながら。

 

案内板に従って奥の方にそろそろと忍び込むように進んでいき、事務室に着く。

意を決して中に飛び込み、開口一番「博物館はお休みなんですね」と聞いてみた。当然夏休みなので、という回答が返ってくるので、精一杯悲しそうな声と表情で、そうですか、と落胆を露わにした。

勿論これは演技などでは無く心からの嘆きでもあったので訴求力も高かったのだろう、どちらからいらしたのですか、という問いに繋がった。

すかさず、東京からなんです、とそう何時でも来られるところでは無い、という思いを滲ませながら答えた。

すると、今は展示替えで一部の作品は無いのですけれど、それで良ければ開けましょうか、と。

 勿論一も二も無くお願いする。いや、お手数をかけてしまうことになるので、本当に悪くないのか確認はした上で。

こちらから開けてくれ、とお願いできる立場でも状況でも全く無いので、もう本当に蜘蛛の糸並みのわずかな期待から、ここまで来てみて本当に良かった。

展示上げ、という作品に重文ものが含まれていないか心配だったけれど、ともあれ展示室へ。

道中の内装も気になる。螺旋階段など優美なもので、本当ならここだけでもゆっくり鑑賞したいところ。緊張と焦りからそんなゆとりはほとんど無かった。

展示室は広く、さまざまなものが展示されていた。

照明だけで無く空調までつけていただき恐縮する。しかしこの日はかなり暑かった上に一連のやりとりでいらぬ汗まで相当にかいていたので、実に救われた。古い建物なので空調は後から入れられており、その吹き出し口が展示品の横などにあって、そこに佇んで全身で涼を取ったりした。

 

重要文化財に指定されているのは「国府遺跡出土品」と「石枕」の2点。心配をよそに、どちらも無事しっかりと展示されていた。

他にも県指定文化財のものや、最近登録が始まった美術工芸品の登録文化財ものなどもあって、結構見応えがあり、思いの外観るのに時間がかかった。

 

勿論その場でも御礼は申し上げたけれど、事務職員の方の御厚意には、もう本当に感謝しか無い。

特別展などもあるのでまたいらして下さい、などと更に優しい言葉をかけていただき、建物鑑賞も含めてまた来てみたい、という気持ちにさせられた。次は奥さんと二人の方が良いかな。あちらはここの展示品には微塵も興味が無いだろうけど。

 

いつものように一軒目で早くも押し気味なスケジュールとなり、早足で駅へと戻って移動。