• つくね乱蔵/恐怖箱 厭熟

     今のところ当たりの確率が一番高く(と言うか外れたことが無く)、読むたびに満足させてもらえるつくね乱蔵氏の新作。

     今回も期待を違えず面白い話続出の一冊となった。

     「強制減量」やはりあの世の存在、というのは人ではない存在。正常な判断、コミュニケーションの交換などは難しい。
     ある一点の思いが伝わったとして、それ以外の要素を加味したり、途中で方向転換することは許されないらしい。
     中には家族を守ってくれる霊もいたりはするようだけれど、そうしたものよりも、この話の方が有り得る気がする。
     語り手が解放される日は来るのだろうか。

     「持っていかれる」給料は安いけれど、きちんと警備員として働いていれば、引っ越せないこともないとは思うのだけれど。ここに至ってもそのまま、というのは解せない。精神面でも取り憑かれてしまっているのだろうか。
     本当に少しずつ「持っていかれる」というのが一段と悪質で不気味だ。

     「紗耶香様」自分が行っている異常な行動に気付け、それを人に語ることが出来ても止めることが出来ない、というのは怖ろしい。もしかすると怪談では無いのかもしれないけれど。また、見事に気味の悪いものばかりを集めているのが凄い。
     紗耶香様、は一体何をさせたいのだろうか。
     この先がありそうなのもまたとても気になるところ。続編を乞う。

     「軽トラ」心霊スポット探訪により霊を連れて帰ってくる、という話はよく聞く。
     しかし、その霊が軽トラである、というのは斬新だ。しかも、目的地でもなくその途中にあったもの。
     行方不明になってしまった友人はどうなってしまったのだろう。半透明になってしまった、ということはこの世のものでは無くなってしまったのか。
     また、もう一人の友人は消えるのではなく引き籠もりになる、と反応が違うのは何故だろうか。

     「助っ人参上」もう一人の自分が出てきて、家事などを分担してくれる。ドッペルゲンガーとは真逆の対応で、まさに理想的。
     しかも嫌な家族を消してもくれるのだから有難い。
     ただ、最初の話でも書いたように、こうしたモノは役割を終えたから、といってそれで終わってくれないかもしれない。
     夫が逝ってしまった後、これがどうなるかが見物だ。これまた続編が欲しい一品。

     「三角関係」二人だけの筈の動画に男が登場していても違和感を感じず、何故か二人が三角関係になっている、と思わせられてしまう。
     霊の中にはただ登場するだけのモノと、このように人の精神にまで影響を及ぼしてくるタイプとがある。何が違うとこのような差を生じるのだろう。
     それだけの力を持っているのに、普段は全く何も感じていないのも不思議。
     ただ、語り手が不安に思っているように、実はごく自然に受け入れてしまっているだけで、おかしなことが起き続けているのかもしれない。そう思うと尚更怖い。

     「サイレン」サイレンが聞こえると近くの人が死ぬ。実に厭な知らせである。
     しかも最後には自分の家で聞こえてしまう。この時の語り手の気持ちは如何ばかりであったか。ただ、本当に防ぐことは出来なかったのか。他人の家となれば出来ることはほとんど無いし、どの家かも分からない、というのも確かだ。しかし、自分のうちであれば自分を含めて三人のみ。朝食など作る余裕があるのなら、何はともあれ病院まで行っておく、位のことは出来たのでは。だから助かる、というものでもないけれど。
     また、一年間に狭いエリアで計五人の救急車が呼ばれての死去。あまりに多過ぎないか。
     単に人が死ぬことを知らせている、のではなく、何かが人の命を奪うついでに告知しているようにも思える。だとすると、何をしても無駄、か。

     「手を出す人」これは厳しい。妊婦を見るだけで分身が現れとんでもないことをする、となると、確かに引き籠もらざるを得ない。
     自分の分身であるのに、全くコントロールできないというのが一層辛い。しかも怪談としては類例の無い話にもなっている。

     「歌う女」東南アジアの言葉で、しかもちゃんとした歌、というわけではなく最期の言葉とも言えるものを繰り返している。それはもう偶然ということはあり得ない。
     しかし、その親が憑いてきてしまったのだとすると、子供からは遠く離れてしまっているし、語り手には何も出来ることがない。相手を間違えたとしか言いようが無い。
     但し、ずっと語り手の頭の中に残り続けてしまっており、子供が寝ている時だけに聞こえる、というのは、語り手の心の中でだけ歌われているのかも、とも思えてしまう。

     「戦う栗田家」この世ならざる存在を受け入れてしまうと、それはもう離れなくなってしまうかも、という怖ろしい警告を与えてくれる。本来は土地に纏わるモノだった筈なのに。

     「土饅頭」これは既に亡くなっている妹がそれでも這い出そうとしていたのか、死んだと思っていたのは誤診で蘇生し何とか助かろうとしていたのか、どちらなのだろう。夢に現れている、ということからすると生きてはいなかったのだろうか。
     いずれにせよ、これを、しかも自分の目で確かめてしまったとなるとトラウマとなっても不思議は無い。
     その結末もまた強烈ではあるけれど。

     「日々のこと」ホラー小説のようなドラマティックな展開。
     毎回全く同じ稚拙な手紙が届く、というのはそれだけで怖い。
     「きのこがこわい」と書いてあるので、何かこれを使った儀式だったのだろうか。
     とすると、これは怪談では無いのかもしれない。むしろ都市伝説系、というか地方の呪わしい慣習に関わる話のようだ。
     どんなものなのか気になって仕方ないのは勿論だ。

     「ヒトカタ供養」これも田舎に伝わる秘事の噺。
     ただ、こちらは村や集落ではなく、一家族に限定されている。
     こんな障りがあるのであれば、間違いなく遂行せざるを得ないだろう。
     ただ、気になる点も幾つか。
     まずはこれ程重要な話であれば、急死だったとは言え、それまでに何も伝えないものだろうか。しかも相当に判り難い方法では残されている。ヒントも無しに。これではわざと犠牲を出させてそれで学べと言っているようなものではないか。
     しかもタイミングも最悪。あまりに出来過ぎ、という感もある。
     さらに、何かしらの記述ミスがあるのかもしれないけれど、このまま受け取れば息子が死んだのは儀式を行うべき当日。生贄を奪うには早過ぎないか。時間の指定もあるのか、準備や行動に出ないのをちゃんと見通して実行の意思無し、と判断したのか。
     神かそれに類するもののようだし、そう考えることは出来るけれど。

     「生贄マンション」飛び降りた人の姿勢が土下座の形、というのは珍しい。どうやればそんな風になるのか。
     住民に生かさず殺さず程度の祟りを与えていく。まるでウィルスだ。
     この舞台の家、おそらくは以前からずっと何かあった筈なのだけれど、それはもう探ることも出来ないのだろうか。

     このところ何度も書いているのでしつこいようだけれど、どの作家さんの本にも、神絡みの話が多数載るようになってきた。以前も時折はあったけれど、こんなに多い印象は無い。
     世相のせいなのか、人が神の禁忌に触れる機会が多くなってしまいつつあるのか。

     こうして取り上げた作品だけでもそう無い数。
     これ以外にも楽しめる話は勿論幾つもあった。
     どの本もこれくらい満足させてくれると、もう言うことないんだけれど。

    恐怖箱 厭熟posted with ヨメレバつくね 乱蔵 竹書房 2020年12月28日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る