• 吉田悠軌/恐怖実話 怪の残響

     今回はまた新作(2020年3月刊)。

     以前に読んだものも何だか印象が弱かったような記憶があるこの著者。
     残念ながらこれもまた記憶に残るような話は皆無の大人しい作品ばかりであった。

     「いいがら!」死を誘う「いいがら!」とそれを止めようとする「いいがら!」。
     同じ台詞が全く逆の意味を持っている、というのは興味深い。
    ただ、沼についてはただ不気味だった、というだけで、怪異との関連性も全く見出せず、蛇足な気がする。


     「芥子色の女」山の奥にはやはり怪しいものが存在するらしい。多人数が同時に見ている、というのも信憑性が高い。そこで見えていたものはそれぞれバラバラだったようだけれど。

     「はげたオウムの話」これは怪談かどうかは微妙ながら、噺としてはなかなかに怖い。その情景を想像すると相当なものがある。
     最後の「おちる!」というセリフ、たまたま繋がって出てくるようになってしまった、と考えるのが自然なんだろうけれど、それにしても。もし本当におじさんがそう叫んでいたのだとしたら立派な怪談だ。
     しかし、ここで声色まで真似することが出来るのか、と疑問を呈しているのは単なる認識不足。
     オウムはしゃべり方だけで無く声もそっくりにしゃべるし、人間では無いもの(ゲームや工事の音など)ですら、綺麗に再現できる。
     ここで語られているような真似を出来ること自体は何ら不思議では無い。

     「ヒッチハイク」ここまでストレートなエロ怪談は、書籍ではまず無い。それだけでちょっと新鮮だ。
     しかも、それを抜きにしても類例の無い珍しい展開となっている。
     列車に乗っていた霊が挨拶されたから、というので何故こちらに来て、しかも海岸まで送らせ礼までしようとするのか、理由が判らない。しかもなんでネギ臭いのか。ネギの精なのだろうか。
      語り手が年齢に関わらずえらく元気なのは何よりだ。

     「思い浮かんだ女」年齢差のあるカップルだったとしても、若い時の女性の姿を、しかもその両面からイメージしてしまう、というのは何ともシュールだ。
     しかもその時何故二人が急に寒く感じたのかも謎。
     二人はこの件についてその後何も語り合わなかったのだろうか。余計なことが書いてある話も多い中(後述)、ここではいきなりぷつり、と終わってしまうのが残念。

     「先客」温泉の露天風呂に怪しいものがいて、という話は結構ある。この話では、それが単体では無く次々と出てくる、という盛り沢山企画。
     しかもユニークなのは、それら全員が帰る時にお見送りをしてくれる、という光景。
     自分たちも旅館の一員、という意識を持ち合わせているのだろうか。
     怖い、というよりもつい笑ってしまった。それでも、珍しいのは確か。
     また、それぞれが全く違う属性であり、その由来も全く不明、というのも興味深い。

     「猫塚の空き地」つい最近、本八幡の「不知の森」を訪れたばかりということもあるし、元々一番好きな類の話なのでがっつり食いついた。怪異そのものはよくある些細なものだけれど最早関係ない。
     更に登場するキーワード「城山」「七ツ井戸」などについても色々と調べてしまった。
     最近西荻窪を訪れる機会は多いものの、駅からは大分離れているただの住宅街なので、この周辺に行ったことはこれまで無かった。城跡にせよ井戸にせよもう遺構は何も無いようで実に残念。
     そして肝心の猫塚についてもストリートビューや地図で確認するも、それらしいものは見つからず。一箇所マンション建設直前、と覚しき場所はあったけれど、これがそのままになっている空き地、なのだろうか。
     あえて場所を替えて語っている可能性はあるけれど、だとすると上記のキーワードなどと合致しなくなってしまう。
     祟りは既に過去のものとなってしまったのだろうか。あるいは新しい何かが起きつつあるのか。
     一度現地視察してみたいところだ。

     「奈落」話中で語られてもいるように、何だか矛盾した内容が多く、おさまりの悪い話ではある。色々な人間の想像が入り交じっていて余計に見え辛い。
     それでも、廃工場を主舞台とする情景の陰鬱さと、骨だけの腕で四つん這いになり走り回る少女、というかなりおぞましい怪異の姿とによって、怪談としての雰囲気は味わえる。
     ここでも、最後の著者のコメントは不要だろう。それによって新しい情報を得られるものでも理解が深まるものでも無いし。

     上でも触れたように、時折著者自身の解説のようなものやコメントが最後に付いてくる。
     こうした文章が入ってしまうと、折角非日常の世界を楽しんでいるものが、すっと現実に引き戻されてしまう。要は冷めてしまうのだ。
     しかも中には白い三角錐、と造形の怪異を海辺だから、というだけの理由からか人魚を結びつけているものまであって、鼻白んでしまう。かえって新鮮味が薄れて面白くない。
     著者としてはある種の研究対象、考察対象として怪談を捉えているような節もあるのでそれも自然なことなのだろうけれど。

     ブログであれば著者の世界なので何をやっても自由だと思う。気に入らなければ行かなければ良いだけなので。
     しかし、代金を取って販売している書籍、ということであればより楽しめる形で提供して欲しいものだ、と願ってしまう。

    恐怖実話 怪の残響posted with ヨメレバ吉田悠軌 竹書房 2020年03月28日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る