• 三雲 央/心霊目撃談 現

     以前から共著作では名前をお見かけする作家さんではあったけれど、特に印象に残るものは無かった。
     しかし、この初単著、予想外に印象的な作品が多かった。

     まずは「公民館裏」人によって霊が見えたり見えなかったり、というのはもう当たり前になってしまっている。
     でも、この話のように、霊によって空中に持ち上げられた人を、霊が見えない人が目撃する、という事例はおよそ記憶にない。
     人が何もなくいきなり空中に浮かび上がってしまう、そんな光景を目の当たりにしたら驚愕する他無い。一生忘れられないものとなろう。こちらが想像するだけでもとんでもないことだ。
     変に見えるよりももっと怖いことがある、そう教えてくれる事例だった。

     「あやふや」最初はたまに語られる憑依系の話かと思わせながら、突如それを反転させ、次第に混沌の極みへと落とし込み、全く理解不能の結末を迎える。短いながら、ちょっとしたミステリーホラーのような劇的な展開に惹き込まれた。
     一体どういうことなのか真相が知りたくて堪らなくなる話でもあるけれど、第三者の介入が(聞く限りでは)無さそうなここでは追究も難しそうだ。ただ、二人が写された写真、というブツはあるので、もしこれが現実的な事件などであるなら辿りようもある、のかもしれない。

     「気配」目が見えない人の遭遇する怪異、という貴重な事例だ。
     しかも当人だけでなく廻りの家族も明確にではないにしろ体験してはいるので傍証になる。

     「臭い」天井裏でどんな存在が煙草を吸っていたのだろう。それを想像すると何とも怖い。吸い殻が現実に残っている、というのも不思議。どこから生まれ出てくるのか。

     「笑顔のままで」で語り手を張り倒した祖父「のようなもの」は何だったのだろう。ただ、祖父も父も何も語ってはいないようだけれど、祖父の家自体が普通でないことは確か。

     「スミラブ剤」何かが現れる、というのでも無く、殺虫剤撒布を妨害するかのような現象だけが起き続ける、というのは変わっている。それ程までに嫌がる何かがあるのだろうか。ただ、これが霊全般に効くものかは不明だし、それをわざわざ著者が勧めるような文章を付け加えるのはいかにも余計なことだろう。

     「開拓地」ものが空間を超えて移動してしまう、という現象が継続的に起きている、大変に貴重な事例。関係者が多数、というところも。
     元々あったという因果が疑われる石像は一体どうなったのだろう。定かなものでも無かったのでやはり処分されてしまったのか。この土地の由来etc.、原因を追及していかないと、ずっと続いてしまいそうな話だ。

     「成長」カーブミラー内にのみ映る霊、という話はこれまでにも幾つもある。
     しかし、ここでは倒れた状態のまま、というのも霊の現れ方としてはむしろ珍しいし、それが成長しつつある、というのが不思議だ。さらにまるで現実の出来事であるかのように衣服だけはそのまま、というのも。成長する霊という話も以前あったような気もするけれど、それで衣服がそのままのため大変なことになっている、などという話は聞いたことがない。心霊現象がどの程度現実社怪と寄り添って存在しているのか、それを考えさせてもくれる。

     「閾値」この話は一巻の掉尾を飾るに相応しい壮絶な奇譚である。
     語り手の彼女である体験者にとって、これがどれ程に苦しく厳しいものであるのか。
     実際には一瞬で出てこられる、とはいうものの音も無い真の闇に体感とは言え数十時間も放り込まれ、しかも出口を求めて彷徨い続けなければならない、という恐怖はもう想像を絶する。よく発狂せずにいられるものだとすら思う。
     これが精神的なものなどでは無いことは、手を加える隙も無い一瞬の内に衣服や姿がぼろぼろになってしまっている、というところから明らか。
     語っているところからすると、特に暴行など何かが接触してくることすらなさそうなのに、どういう行為によってそうなってしまうのだろう。
     この闇とは一体何なのか本当はどういう空間なのか、なぜそこにドアノブだけは存在するのか、そもそも何で彼女がこんな目に遭うようになってしまったのか、解決できる手立ては無いのか、など無数の疑問や心配が生じてしまうような、ここでは書かれていないとんでもない「闇」を抱えた体験談である。
     こういった話では、語り手が怖くなってしまって相手と別れてしまった、というのが常道なので、ここで彼女を生涯支えていこう、と決意する語り手に何とも救われる。
     闇黒の世界に一条の光が差し込んだような気持ちで読み終えることが出来た。
     この一編だけでこの本に出会えたことを感謝したい。
     久々に怪談で心を打たれる思いがした。

     このように強い印象を残すことになったのは、情景描写の適切さにもあると思われる。
     最後に挙げた二作に留まらず、全体に出来事が起こっている場をとても巧く表現しているため、まるで映像作品に接しているかのようにその状況が明確に頭に浮かび上がってくる。
     なので、ここでは触れなかった作品でも、勿論その怪異自体も特異性が強かったりはするけれど、読み応えがあって読後に残るものが多い。

     最近どうももやっとするような本が多かっただけに大満足。

    元投稿:2019年12月頃

    心霊目撃談 現posted with ヨメレバ三雲 央 竹書房 2019年10月28日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る