• 黒木あるじ/黒木魔奇録 狐憑き

     安定の著者。
     今回も振り返ってみれば印象に残る話は多かったものの、ドカンと来るものがなく、若干物足りなかった。
     それでも、このところかなり不完全燃焼、欲求不満に陥るような本が多かったので、今回しっかりと怪談を堪能出来たのは何より。

     初っ端の「さいせい」からなかなか。
     ショートでさらっと書いているので、油断すると何ともないまま通り過ぎてしまいそう。
     でも、起きていることはしっかりと考え意識化してみると結構凄い。特に最後には人的犠牲まで出てしまっているし。
     体験者には是非いけるところまでトライし続けて欲しいものだ、無理だろうけど。
     ああ、こちらも中身が知りたい。

     「是正」これが御先祖様だと語っていることと辻褄が合わなくなってしまったりはする。かといって仏さまがこんな真似をするともちょっと思い難い。
     一体どういう存在なのだろう。そして、闇の先はどうなっていたのだろうか。

     「湯怪」小編集、と言ってもどれも通常の一話並みの分量はある。こういうタイプには珍しく、2・3話目のエピソードがどちらも興味深かった。
     一つは水を張っておかないと怒る怪異。理由が判らない。そのものの死因に関係しているのだろうか。ただ、どうやら水を入れておきさえすれば良いようなので、語り手が言うように「毎日湯船に浸かる」必要はないんじゃないだろうか。出張中だって張りっ放しにしたところで問題はあるまい。むしろ非常に備えにもなって一石二鳥かも。入らないなら水替えもたまにすれば大丈夫な筈だ。
     次は何だか不思議な話。死の知らせではなく、生き霊のようなものなのだろうか。あまり聞かない怪異である。
     そして、著者も書く通り、この場面、想像するととんでもなく怖い。もしかすると、不気味、ということでいえば最恐のシチュエーションかもしれない。しかし、この手の話もおよそ聞いたことがなかった。新鮮でもある。
     おまけ的に付いている後日譚部分は、奇妙ではあるけれど、怪談とはまた別のもの、という気がする。

     「おもゐで」前世ネタかと思いきや、肝は全然違うところにあった!
     果たして本当に予知なのか。怖いけれど実証できていないので、ただの妄想、ということもあり得る。斬新な手法に敬意を、といったところか。

     「困」最初からちゃんと説明したりお願いするのでもなく、昔はやはりのんびりしたもの、ということなのだろうか。
     偶然にせよ「形」が出来てしまうと、そこに住まうものが出てくる、というのは実に興味深い。神は必ずしも能動的に出現するものではなく、環境が整っていたり作られたりするとそこに宿ることになる、と考えられるからだ。京極夏彦の犯罪論にも通ずる面白い指摘だ。極めて日本的なものでもある。

     「訴」これまた生き霊とも思える存在の話。しかもそれが死霊の否定にも繋がっている、というユニークな内容。こんな体験をしたらそう思うのも無理は無い。
     実のところは死に際してそれを素直に受け入れすぐ成仏してしまった、という可能性もあるので、これをもって幽霊は存在しない、ということにはならないとは思う。
     山の遭難譚ということで色々と想像してしまうし、生きているうちに助けられなかったのは何とも無念。語り手には殊にそうだったろう。自分の父なんだし。

     「訊」自分の死が信じられなかったからとは言え、霊となって現れたりするのでは無く電話で問い合わせてくる、というのは面白い。どうしてそんなことを思いついたのだろう。
     止むを得ないとは言え師長の対応もやり取りを想像しながら読むと何とも滑稽。一方で当事者にしてみれば恐怖の極みでもある。その辺のギャップもまたこの作品の妙。

     「妊」この怪異、ただの老女の霊、というわけでもなさそう。一体何者なのか。
     それが間もなく産まれてくることに。ホラー小説顔負けの不気味なオチだ。
     是非事後を知りたい話の一つ。

     「誰」久々に出会えた不条理もの。しかもどういうタイプとも言い難い目新しくユニークな話。何だか夢の話のような不安定で落ち着かない感じが愛おしい。
     周りに起こる出来事も偶然のような因果がありそうな判断の付けようがないところ。
     一体事の真相は何なのか、これも知る術は永遠に無いのだろうなあ。悔しいなあ。
     最後の語り手とビールだけが残された情景、というのはちょっと間抜けなようでとんでもなく怖ろしい。

     「むかしのいえ」この話も燃えてしまったはずの人形が現れた、というだけなら珍しいとは言えない。しかし、最後の段になって語り手には記憶のないエピソードが登場し、全く違う由来まで聞かされてしまう。
     ここでは語られず語り手が意識もしていなかった全く違う怪談がそこにぽっかりと口を開けているような、空恐ろしい空気で一巻を閉じる、というのは絶妙だ。

     想像すること、場面を思い描き映像として再現してみることで恐怖が倍増する、場合によっては十倍返しになるような滋味深い話が幾つもあったのは嬉しいところ。再読してもまた楽しめる本なのかもしれない。まあ、大抵まるっきり覚えていないので、再度の初読、ということになってしまうのだけれど。

    黒木魔奇録 狐憑きposted with ヨメレバ黒木 あるじ 竹書房 2020年07月29日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る