「超」怖い話のこのシリーズを担当されるようになってから、俄然内容が面白くなったこの著者。
今回もユニークな怪異が多く、なかなかに面白かった。
「ペットロス」亡くなってしまった飼い猫が、新参者を嫌って襲い、命を奪ってしまう。
というありがちで予想可能な図式かと思いきや、その正体は全く見知らぬおっさん。
見事にひっくり返った。
こいつが何者で何故こんなことになってしまったのか、まるで判らない。
その不条理さもまた別の恐怖を生む。勿論本当なら知りたけれど。
果たして既に祓われているのか否か。まあ無理と思う気持ちもよく判るけれど、確かめてもらいたい、という勝手な願望も拭い去れない。
「丑三」廊下の床が突然ふかふかでめり込むようになってしまい、そこに巨大な一つ目が現れる。
特異な、というわけではないけれど、聞いたことの無い興味深い話だ。
しかも後に寝室が油まみれになる、というおまけも。
こうした物理的な怪異は一層気になる。
「深山に棲むもの」見たことも無い姿の異形のモノたち。しかも十数体も。
何だか悪魔か何かのようにも思えるけれど、複数存在しているようだし、ちょっとそういうものでも無さそうだ。
父親の死が怪異と関連してるのかどうかは不明だ。しかし、もしそうだとしたらとても怖い。
「ここではない話」既に廃墟となっているコンビニに魅せられ、行方を眩ましてしまった友人。異世界・タイムスリップもの、というよりは、建物込みの幽霊、と考えた方が自然か。
しかも、以前に撮った写真にその友人がしっかりと入り込んでしまっている。
まるで「シャイニング」のラストシーンのような。
「バドカン」何だか気になる意味不明の言葉。
どうやら馬頭観音から転訛して生まれたもののようだけれど、何だかとても気になる。
ただ、怪異の内容はあまり馬頭観音に関係しているようには思えない。
六角形の建物、というのは以前その観音様を収めていたお堂だったのだろうか。
ただ、馬頭観音の石像は、あまり堂内に安置するものではないけれど。
また、皆が探しに行った時に全く見つからなかった、というのは、本当は既に存在していないものだったからなのか、あるいはその時だけ姿を隠してしまったのか。
その後も時折見えた、というから後者のようにも思えるものの、語り手が実際目の前に到った際のスケール感がおかしかったり、いつも見えていたわけでも無さそうだ、という辺りも妙ではある。
黒い人、というのは付いてきたりはしてもなにかするわけでも無さそうだし、それ自体はほとんど怖く感じられない。
「カセットテープ」自ら録音した覚えがないのに、自分の声で怪談を吹き込んだテープを発見する。そして、最後には別人による謎の数字の羅列。
時期も場所も異なる二人から、全く同じ内容の怪談を聴かせてもらう。これ自体が既に怪異だ。
しかも、他にも類話があるらしい。
一体どういうことなのか。例によって気になるばかり。
そして、その数字の意味は何なのだろうか。この後何か起きたりはしなかったのか。
とにかく謎ばかりで、好奇心をそそられる。
由来の判らないテープがいつからか家に出現し、いつの間にか消えてしまう。得体の知れない何者かが、全く判らない理由からそれを行っている、ということを考えると、何だか空恐ろしくなる。
「印」何だか判らないところの多い話である。
何故語り手の家の麻雀牌に印が見えてしまうのか。
堀田とは何者なのか。
堀田だけが印を見ることが出来たのは何でか。
何故一回だけ語り手にも印が見えてしまったのか。
別の場所でどうして堀田が勝ち過ぎたのか。
辰夫が堀田に謝ったのはどうしてか。これはちょっと想像出来る気もするけれど。
そして、そのまま列車に飛び込んでしまったのは何故。自らの意思なのか、堀田に引っ張られてしまったのか。
この著者の課題である突っ込みの甘さ、取材不足が露呈してしまっている内容ではあるのだけれど、基となる人間模様や衝撃的な結末が印象的な一品でもあった。
「失職の果て」一体語り手が運んでいたものは何だったのだろうか。
硫黄の臭い、ということは悪魔絡みのものなのか。
そこが気になって仕方ない。
語り手の行っていた行為は、どのような意味を持つものだったのだろうか。
この話も核心からは遠く、もどかしさが募る。
語り手の身にこの後何が起こるのか、もしくは起こらないのか。
不謹慎ながら、この結末を期待してしまうのを止められない。
「情景」庭を徘徊する複数の首。
それだけならともかく、4歳の子どもが瞬間移動のようにして350kmを移動してしまう。
これはなかなか凄い。
眼鏡を持っていた、というので、一番出没していた男(の首)が関わっているのだろうか。
飛ばされた先が語り手の実家、というのがちょっと不思議。
この家に纏わる存在であれば、夫の関係する土地だったら納得がいく。
どういう理由によるものなのか。
御祓い位で何とかなる、というものでもないように思えてしまうけれど。
「釣行夜話 其の一」2011年の東北地方太平洋沖地震に関わる話。
怪談なのに、ほっとするものになっている。
一つ一つは怪異とは言えないし、全て偶然、ということも有り得る。否、常識的にはそう考えるべきだろう。
でも、ここまでトラブルが続く、というのは何とも妙だ。
しかも彼自身だけでなく、仲間皆に起きていたようだ。
この中の誰か(もしくは皆)の行いが余程良かったのか、あるいはただの巡り合わせか。
いずれにせよ、全員が無事だった、というのは語り手にとって心休まるものだったのではないか。
「釣行夜話 其の六」クーラーボックスに突如出現した腕に手を掴まれる。
しかもその痕が凍傷のようになってしまったという。
こういう実害を被る、というのはあまり無いので興味深い。
一方で怪異に逢った際、今回のように魚が腐ってしまっていた、という話は結構ある。何故そうなるのだろう。
「釣行夜話 其の八」鉄砲水が起きる兆候を教えてくれ、勉強になる。
以前、渓流の増水動画を見たことがある。
ものの一分と経たないうちに、ちょろちょろだった流れが奔流へと変貌してしまっていた。
あれは確かに急いで対応しないと間に合わなそう。
助かって本当に良かった。
この女の子と覚しきモノは、何故語り手を助けてくれたのだろうか。しかも荷物まで背負って。
これ程優しい霊の話は聞いたことがない。
「釣行夜話 其の十一」どうにも不条理感の強い話。
語り手の感覚、記憶では、車は突然回り始めており、急ブレーキを踏んだ、という意識はない。
車の上に乗っていた化物、これと事故に関連があるのは間違いないものの、これの出現から事故に至る経緯が見えてこない。
こいつはたまたま通りすがりで出会しただけなのか。
そして、友人が突然祈り始めたのは、しかもそれを忘れてしまったのは何故なんだろう。
謎は多い。しかも全く解けそうにもない。
怪物の顔の様子も相当に不気味で印象深い。
このように気になった話は多い。
ただ、恐怖や違和感は左程強いものはない。
また、途中でも書いたように、どうも足りないピースが多く、怪異の核心が捉えられない。
小田怪談のように不条理、ということで諦められるような、否応なしに納得してしまえるような強烈さもなく、物足りなさが募ってしまうばかり。
なので、折角ユニークな話を集めながら、印象は弱い、と言わざるを得ない。

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渡部 正和 竹書房 2021年09月29日頃