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  • 小田イ輔/怪談奇聞 嚙ミ狂イ

     一冊毎に結構な当たり外れのある小田氏の著作。
     残念ながら今回は「ハズレ」であった。

     それなりに興味深い作品も幾つかはあったのだけれど、それ以外との落差が大きい。
     「アタリ」の時にはどれもが面白い、ということもあるので、その差は歴然としている。 途中ベスト版があったものの、新作としては一年半ぶり。充分に時間はあったように思えたのだけれど、何とも残念だ。一番好きな作家の一人なので。
     あとがきによると、コロナの影響で取材がうまく出来なかったそうなので、その影響があるのだろうか。
     ただ、その問題が発生するまでに一年近くあったのでは、と思ったりもするけれど、人間尻に火がつかないと積極的に動けない、という向きも多いもの。同情はする。
     それで面白くなるわけでもないのだけれど。

     「生まれ変わり」見える相手に対して礼をする、という話もあまり無いのだけれど、見事な土下座を決めている、となると前代未聞。
     このように願って許されれば生まれ変われる(のかも)ものか、という疑問は残るものの、興味深い。
     可哀想なのは、この子の髪の将来はかなり危うい、ということ。

     「溜まり場で夕方」ドッペルゲンガーなのか、異世界遭遇ものなのかは不明ながら、なかなか面白い現象だ。死んでしまうのでは無くて良かった。
     ただ、このH君、もしかすると入れ替わってしまったのかも、とも匂わされている。
     性格の変化など何も書かれていないので、真相は判らないけれど。

     「現実的理解」夢は多重構造になり得る。これまで最高四重の夢まで見たことがある。
     夢だと思って醒めたところがまだ夢の中で、というのを繰り返すのだ。
     この話もそうした二重の夢を見てしまった、とするとそれなりに解決がついてしまう。
     また、これまでにも今の世界は自分の夢の中だ、と語る話はあった。
     おそらく、そういった風に現実を捉えたい、という欲求を持つ人が存在するのだろう。
     こういったところから、この話は怪談では無い可能性が限りなく高い。
     しかし、一方でここで語られている情景は牧歌的でありながら不気味、日常的なようで明らかに異常事態、という二律背反を孕んだある種絵画などが提示している奇妙な世界のようで、とても想像力を刺激してくれる。印象には残る。

     「難題」偶然が引き起こす奇妙な縁、の話かと思いきや、急転直下意外な結末を迎える。
     祖父の夢はあくまでも夢なので語り手の意識の問題、としても、吃驚するような話ではある。縁があったのかなかったのか、語り手が悩むのもよく判る。

     「空の石祠」特に何か特定のものや神を祀らずとも、祠を作って信心するだけで御利益がある。ある種信仰の原点のような話。大変興味深い。それだけで害虫を寄せ付けない、というのだから凄い。
     とは言え、通常家の中に毒のある毛虫などいるものではない。語り手が推測するように、むしろ送り込まれているのでは、と疑うのは理解出来る。
     そこに坐すのは、一体何者なのだろう。

     「風船石の来る夜」風船石の出現と祖父の認知症に関連がある、と主張しているのは祖父だけなので、因果関係は判らない。認知症は徐々に進行していく病気だから、それはそれとして進んでいきつつ、石はただそこに現れているだけ、という可能性もあるのだ。
     ただ、語り手が石を見た際にも脳内に閃光が走り、その後しばらくの記憶(もしくは意識)も失われてしまったようだから、影響がないとも言い切れない。
     飛んでくるものなら周囲に認知されても良さそうだけれど、そこにいきなり登場してくる、ようなものであれば、家の庭の中だし、夜だけ、であれば誰にも知られていなくとも不思議ではなさそう。
     これは何なのだろうか。

     「わすれていくこと」日常になっていたとしても、食事の時だけ現れてはまた消えていく人物のことを、不審に思わないものだろうか。特に小さな子は何でも不思議に思い、またそれを問い質すものでもあるし。
     まあ、ある種の洗脳、と言うか意識を操作もしくは誘導されていた可能性もあるので強ちあり得ない、とも断定は出来ない。
     そしてその内容を忘れていきつつあるのも、時間が経過しているから、というだけの話なのか、何かの力によるものなのか。
     本当はもっと違う話なのだとしたら実はどんなものだったのか、むしろそれを想像するのが一番怖い。まるで「牛の首」だ。

     「知らせ」こういった虫の知らせ的な話は時折ある。
     ここで気になってしまったのは、とにかくただ一点。
     クリーニング代、勿体なかったな、と。
     もし言われた通り出してしまっていたとしたら。

     こうして振り返ってみても、小田イ輔怪談の特質であるどうにも辻褄が合わないんだけど、奇妙に怖ろしい、といった作品は皆無だった。
     何だかちょっと変だなあ、と思うものはあっても。
     やはりどうにも寂しい。

    実は小田イ輔氏作品のこのブログでの感想は、例のベスト版と2015年の一冊しか現存していない。しかもこの二冊とも微妙だった奴。
     とても気に入った作品集などもっと書いていた気がするのだけれど、残念ながら消えてしまった。
     是非これは大当たりという本で、もう感想を書き切れないという嬉しい悲鳴を上げられるようなものをまた是非生み出して欲しい。

    怪談奇聞 嚙ミ狂イposted with ヨメレバ小田 イ輔 竹書房 2020年09月28日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る