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  • 加藤 一:編著/「超」怖い話 丑

     年一回の恒例「超」怖い話。
     執筆陣は本来それ程好きな作家さんたちではないのだけれど、何故か今回面白い話が続出。何とも判らないものだ。

     「染まる」何故それが判別できるのかは全く不明ながら、興味深い話ではある。
     どこからが「殺した」ことに該当するのかが難しい場合もありそうだ。

     「病禍にて」こちらは正統派の怖い噺。アパートの廃墟で遭遇する家族の霊、というのは想像するだに怖い。しかも目や鼻の部分にブラックホールのような穴が空いている顔であれば尚更。
     男に気付く直前体温が判る映像を見ていた、というのだから、それにその男がどう映っていたのかあるいは映らなかったのか、体温は表示されたのかなども気になるところだがタイミングが違ってしまったようなので仕方がない。
     最後にいつの間にか全裸で帰宅しているのに気付く、というのが特に興味深い。どうした訳なのだろう。服以外の荷物や財布・携帯などはどうだったのだろうか。

     「雨が」別段何か怪異が起きたわけでも無いし、謎は全く解明されずもやもやばかり残る話ながら、鈍なことが背景にあったのかどこまでも想像してしまいたくなるような不思議な拡がりを見せるものでもある。結構好み。
     遺産をもらわなかったら叔父さんは無事だったのだろうか。

     「庭」これも怪異としては庭に祖母(語り手の母)と覚しき女性が一度現れただけ。その後庭の真ん中に水溜まりが出来る、というけれど、これは自然現象の可能性もある。
     とは言え、色々と対策も打っているようだし、水が噴き出すような状況ならもっと他にも障害が発生しそうなもの。充分に不思議ではある。
     ただ、その祖母も登場時点では全く知らない女性の姿だったというのは何とも妙だ。途中で姿が変わる、という事例は無いわけではないけれど、知らない人間から家族に変貌する、というパターンなど聞いたことがない。どういう意味があるのだろう。
     また、夢とは言え謎のシチュエーションで祖母から助けを求められ続けているのも気になるところ。
     一応の供養はされたようだし、何を求めているのか、もうちょっときっちりと語って欲しいものだ。
     この話も何だか語られていない、もしくは語り手も知らないもしくは気付いていない真相が隠されているようで、もやっとした感情が後を引く。

     「縁」実に見事な不条理怪談。これも好きだわ。
     パラレルワールドが一番説明できる可能性は高いけれど、それでも謎は残る。
     公衆電話の廻りに蠢いていた謎の黒い影たち。突然経過してしまった時間。一回目と二回目では全く別の世界らしいけれど、そんなに頻繁に世界移動が起きるものなのか。
     そして、友人に電話して以降は、特にきっかけも兆候も無く通常の世界・時間に戻ってしまったようだし。無理とは知りつつも、何が起きていたのか真相が知りたくて堪らない。身悶えしてしまう。
     因みに、緒方さん、大学はどうしたのだろう。

     「然も似たり」これも認識が捻れてしまったような異様な話だ。しかも、どうにもオチすら付かない。
     続けてのパラレルワールド論も、本来的に全く違う場所の筈なので成り立ちそうに無い。
     しかも室内には廃墟なのに火の付いた蝋燭。実に不吉な黒縁の妻の写真。そこに、目隠しをされる、という物理的な怪異まで起きている。
     こうなるともう不幸の前兆、としか思いようがないのに、それから20年全く問題は発生せず。ここから何かあったとしてももう関係ある、とは言えまい。
     一体何が起きていたのか、皆目見当が付かない。
     むしろ、狐狸の類に化かされた、と考えるのが一番自然か。

     「物件X」怪談では無い可能性もある話だ。誰かが意図的に行っている、という。
     ただ、それにしても語り手がそこから電話をした際の出来事は普通ではない。
     黒電話であれ何であれ、電話をかければ架かる筈だからだ。
     ただし、この電話が実は電話会社に繋がっているのではなく、どこか特別なところとだけ通じるようにしてあれば話は別だ。
     勿論、そんなことを手間をかけ行う必要があるのか、と問われれば、否、と言わざるを得ないけれど。
     そこに週一回だけ電話が掛かってくる、というのも不気味だ。
     階段下に存在する、黒電話だけが置かれた小部屋。その情景を想像すると、何とも怖ろしい。
     やはりこれ以上なく怪談ではある。

     「がない」最近急に再注目されているという筒井康隆の「残像に口紅を」を思い起こさせるような話。
     こいつもまた全く訳が判らない。
     どういうメカニズムで本の一部の活字だけを消してしまうのか。
     もしかすると、語り手の認識だけ、という可能性はある。誰か第三者の証言があればより面白かったのに。
     本棚から出ようとしていた奴は何者だったのか、助けられた時、何故語り手の言葉からも文字が失われていたのか、など疑問は尽きない。
     心霊現象に限界は無い、ということを感じさせられる良い事例だ。

     「封印」この辺り、6作品連続で取り上げてしまうという打率の高さ。素晴らしい。
     封印を解くだけで、二人の人間を死に至らしめてしまう心霊写真。これは本物だ。
     ただ、封を開けてしまった子供や、語り手夫婦にはとりあえず何も起きなかったのは何故だろうか。
     また、御札なども無く、黄色い紙に包んだだけで収まってしまったのも妙だ。
     そんな写真が撮れてしまったところからしてこの家自体に何かありそうにも思うのだけれど、写真が封印されているうちは何も起きない、という理由も判らない。
     そこに映っている者たちは一体何なのだろう。

     「ギリギリ死なない」遠くに見える女性は、セイレーンのようなものなのだろうか。
     朽ちた吊り橋を新しく見せてしまう力も持ち、明らかに人を呼び込んでいる。
     それは目撃した男のように川へと飲み込んでしまうのが目的か、それとも自分のところまで来て欲しいのか。まあ、それならもっと他の手はありそうだけれど。
     取り憑かれてしまったら、もう終わり、なのか。

     「ホルモン」全く怖くは無く、いわば「世話物」。
     しかし、ここでの霊たちの行動はかなりユニークで新鮮。
     何しろ、コミュニケーションが取れるのは勿論、料理を平らげるだけでなく、その好みまではっきりと表明する。選り好みする、ということは味も分かるのだろうか。
     何と言っても凄いのは、霊の一人があの世で彼女を見つけていること。あちらでも普通の生活があるのかもしれない。
     不思議にも、このカップルの登場を機に霊たちは姿を消していく。時代の流れと共に霊も消えてしまうものなのか。
     これまで語られてきた心霊像とは全く異質のものであり、とても興味深い。
     ただ、この一例をもってこちらが正しい、と断言できるものでもない。今後これと通ずるような事例が出てくるものなのか注目したい。

     複数人の共著でここまで気になる作品が集まっている、というのはおよそ記憶に無い。
     メンバーが大きく替わったわけでもなく、特にテーマが決められていたわけでも無い。
     やはり怪談本は読んでみないと判らない。

     ともあれ、大満足の一冊であった。有難い。

    「超」怖い話 丑posted with ヨメレバ加藤 一/久田 樹生 竹書房 2021年01月28日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る