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  • 郷内心瞳/拝み屋怪談 禁忌を書く

     今回も繋がりのある一連の話と個別の怪談とがミックスされた一冊。
     本編と言える内容については後で述べるとして、聞き語りの怪談も相変わらずなかなかに面白い。印象に残る話も多かった。

     「残滓」死んだ人間でも無ければ、事故で意識不明が続いている、というわけでも無く、相手にとっては未練や執心もあるとは思えないのに、言わば生き霊が現れ続ける。事故の再現、というのでもないようだ。
     何とも理不尽だし、出られる側にとっては迷惑この上ない。
     およそ類例の無い珍奇な事例だ。
     確かに対処法も見当も付かない。どうすれば良いのだろう。

     「先触れ」心霊現象は、場所の記憶なのではないか。そういう解釈も聞くことがある。
     ただ、現実にはそうした理解の斜め上を行くような話が飛び出してきてしまう。
     前の話もそうだったし、この話では、未来に起きる出来事が演じられているように感じられるものが見えていた、という。
     これまた不思議な話ではある。
     ただ、偶々過去にも同じような事件があって、それが再現されている、という可能性もあり得ないわけでは無い。
     場合によっては、この部屋が同じような事件を起こしてしまう「呪われた部屋」なのかもしれない。
     そうだとすればそれはそれで怖いけれど、新奇性は左程無くなる。

     「餃子ライス」これも些細な出来事、とも言えるけれど、奇天烈さでは群を抜く。
     食べようとした餃子が突然消滅し、時間と場所を超えてラーメン丼の底に出現する。
     訳が判らない。勿論一番面食らったのは体験者自身だろうけど。
     しかも、抓んで口に入れる途中で消えている、というのだから、間違って下げられた、etc.の人為的な行動である可能性も低い。
     こういう、どう捉えたら良いかも不明な不思議事件、何とも好きだ。

     「降霊実験」降霊術の実験によって降臨したのが、大きさは普通なのにとにかく長くて元の見えないハイヒールを履いた足、というのはこれまた奇妙。
     一体何者、どんな存在なのだろう。
     ハイヒールが薄汚れている、ことも変なリアリティがあり、超自然的なもの、というよりそこらに普通にいるもののような存在感を表しているのがかえって不気味だ。

     「不備の湧く人」前半のエピソードも、よくある団体で店に入ったら一つ余分に、とか一つ足りなくて、などというレベルではないのが凄い。
     一人なのに二つどころか三つから最大六つまで出されてしまった、というのは一体何事なのか。
     著者も双子に見えた、というのだから、自分という存在が分裂してしまっている、という可能性が考えられる。
     しかし、それで理由が判明するわけでもないし、六つにまで増殖するのも不思議でしかない。
     確かにどうしたら良いかも想像すら出来んな。
     後半の内容については、本当に不幸な偶然が積み重なっている、という可能性は0では無い。いや、きっとそうなのだろう。
     しかし、この話のようにそれが際限なく続く、という確率はもう宝くじが当たる、隕石が当たる、のに匹敵するレベルでは。
     充分に怪談、である、しかも好みの。

     「式神ホテル」利用後にちゃんと御礼の電話をかけてくれる怪異、というのも律儀だ。
     受付にずらりと貼り付けられているスーツ、いたずら、という可能性もあるけれど、情景を想像すると実に不気味だ。ビジュアル的な恐怖は見事。

     「喰われる知らせ」廃工場にあるホワイトボードに書かれた文字。
     いたずらにしても、全てが合致した挙げ句に死ぬ様子まで予見されているとは。
     確かにお化けより怖ろしいことこの上ない。
     誰(何)が何のために行っていることなのだろう。どのタイミングからその文字は存在していたのだろうか。
     ずっと以前から、いつか訪れる彼のためにひっそりと待ち続けていたのだとしたら、余計に怖くなってしまう。

     「念描」似顔絵を描いている筈なのに、全く別人を描き出してしまう。およそあり得ないことだ。
     しかも、それが相手にとって忌まわしき存在であったと。
     無念の死を遂げた女性の復讐、としてみれば納得のいく話ではある。
     語り手にとっても、相手の本性が否応なしに確認できてしまった、という意味で良かったのではないだろうか。

     「散骨」何とも皮肉な出来事で、話に切実さがなければ笑ってしまいそうな内容でもある。
     やはり供養は古来からある手段の方が間違いない、ということなのか。
     海が好きで、自ら望んでしてもらったことなのにそこまで懇願するとは、余程のことがあったとしか思えない。
     父に一体何があり、何が嫌で何故帰りたい、と願っているのか、何とか知りたいものだ。
     遺骨の回収は完璧に不可能だから、もう取り戻すことは叶わないのだろうか。

     「冥土の土産」身から出た錆、という要素も無いではないものの、連れていかれてしまった彼女は気の毒でしかない。
     何故急死しようとした元彼女が巫女姿で現れたのかは謎だ。
     何かそういう術を会得していたのだろうか。
     後味の悪さがかなり残る、何とも厭な話(褒め言葉)。

     「木彫りの子犬」美談になっている全体の話はさておき、怪異そのものを捉えてみると、結構不思議で珍しい。
     死んでしまった筈の父が、TV番組に登場している。それも、本来は趣味でしかなかった彫刻を生業とする作家として。
     これは心霊譚、というよりも、別の人生を歩んでいる異なる世界の父の姿を垣間見てしまった、という異世界ものなのかもしれない。
     その方が父の台詞も腑に落ちる。死んだ人に元気もないだろうから。

     「嗤う女 発」これは「本編」の一部ではあるけれど、筋とは関係ない内容が印象に残ったので。
     ここで著者に対峙する女が猛烈に首を振って輪郭も見えなくなる、とある。
     これ、まるでリンチの「ロスト・ハイウェイ」そのもの。その影響だろうか。
     しかし、現実に輪郭も見えなくなる程素早く、首を振れるものだろうか。
     それが、怪異というものなのかもしれないけれど。

     「花嫁の家」執筆に関わる話、「ほのかさん」の話、「栗原朝子」の話、加えて後半からは「美雪」の話、更には予告編のような形ながら「桐島加奈江」話まで。
     一冊で語るにはあまりに詰め込み過ぎである。
     そのため、何だかやたら慌ただしい。
     まあ、時系列的に仕方のないことなのかもしれないけれど、あえて分離した方が良かった気がしてならない。
     それぞれのエピソード自体は結構面白い。変わらず読ませてくれる。
     それだけに一層勿体ない、という感が強い。
     ほとんどが温かい終わり方で締められているのも珍しい。

     このところ、立て続けに彼の作品ばかり読んでいる、気もするけれど、とにかく外れがない、というのが素晴らしいところ。
     この本も充分に満足させてもらえた。

     この角川ホラー文庫シリーズもどんどんと追いかけてしまっているので、その内追いついてしまいそう。
     郷内ロスが起きそうで怖い。

    拝み屋怪談 禁忌を書く(2)posted with ヨメレバ郷内 心瞳 KADOKAWA 2016年07月23日頃 楽天ブックスで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る