加藤 一/「弩」怖い話ベストセレクション 薄葬

 これでようやく追いついた。
 ブログ消滅前に投稿した記事の内、内容を保存していたものはこれで全て再投稿することが出来た。
 勿論結構無くなってしまったものも多いとは思うけれど、最早消え去ったことすら確認できない。
 まあ、この怪談本の感想についてはかなり保存されているとは思うけれど。

 かなりの大作が多い「弩」怖い話のベストセレクション。
 凄い話が多かった筈なのに、例によって欠片も覚えておらず、完全に新作本として楽しめた。嬉しいような嬉しくないような‥‥。

 後半はほぼ一連の続き物となってしまっていることもあり、作品数は少ない。
 そのためこの後挙げる点数は少ないけれど、やはり読み応えのあるものが多かった。
 これまた例により「新鮮な」感想を述べていきたい。

 「深く潜る」非常に短い時間しか滞在できてはいないものの、高千穂峡はとても印象的なところだった。そこで起きた怪談、しかもそこに暮らしその風景を日常としている方の体験談、まるで民話のような趣がある。のどかな景色の中でなかなかグロい状況が現出する、というギャップも効果的。水中から白い手が‥‥、というところだけを見れば王道とも言える怪談ながら、通常よりもページ数をかけて描写しさまざまな情景や心情をじっくりと描き出すことで面白く仕上げている。
 海であれば積み重なっていけば相当の死者が出ていてもおかしくは無いけれど、こうした狭い川の特定の領域でそれ程の犠牲者が出るものだろうか。それともおいちゃんのように引き込まれてしまう人が出続けているのだろうか。

 「あんた誰だ」話のメインに出てくる霊も相当に怖ろしい存在なのだけれど、真の恐怖はそれでは無かった、というオチが強烈。心霊否定派で一見武闘派の人間の方が、というのはよくある話。しかし結末は笑い事では済まなかった。しかし、この事件を素直に話してしまった語り手にもミスはあるものの、彼が何をした、というわけでもないのに毎月十万円もの金を取られてしまう、というのは何だか許せない。

 「香津美の実家」「新婚の部屋」これらは前後も含めて一連の物語なので、纏めて記す。 「弩」怖い話ならではの超重量級の大ネタ。これだけのものになってくると、これはこれで書き手の力量が如実に表れてしまう。
 この著者、かなりのベテランであり手練れなので、そこは見事に調理してくれている。 人間的にはともかく(後述)、作品はそれとは関係なく接すべきと思うので堪能させてもらった。
 一晩中じわじわと殴り続けられる、というのは地味に嫌だ。逃避行動をとってしまうのも無理は無い。
 ただ、どうもこの家の人間に恨みがある者の犯行と覚しき怪異なのに、それが外部の人間だけに起こっている、というのは不思議なところ。「箱」が何か重要な役目を担っているのだろうか。
 そして連鎖する不幸。
 この事件では夫の行動の謎は全く解けない。否、前話を含め、肝心なところは皆判らず仕舞いなのだ。それは何とももやっとしたものが残ってしまう。
 どちらの話でも、聞いている語り手の対応には不満が残る。もう少し何か出来たのでは、と。まあ、彼女自身尋常では無いもしくは無くなってしまっていることが判り、半ばあえてそうしたのかも、ということも匂わされてはいる。
 さらに、これらは語り手の三に纏わる体験、として括られているけれど、正直これらの怪に彼女は関係していないし、最後三で終わらず四人目まで出てしまったように書かれてすらいる。かなり無理のある意味づけでは無いだろうか。
 そしてかなり精神的に崩壊してしまったとなると、まだ症状は出ていなかったとは言え、これらの話の信憑性には大分疑問があるようにも思われる。まあ、彼女以外の人間にも裏付け取材をしているとは思うけれど。

 最後に著者はもう関わりたくない、と言いながら連絡は取ったりしているし、最後に自分だけは逃れたい、と。演出としての表現もあるだろうけれど、昔超1グランプリを途中で投げ出してしまったり、その他の言動でも結構独善的なところの目立つ人だ。木原氏程では無いにしろ、全く好きにはなれない。 

元投稿:2020年5月頃

「弩」怖い話ベストセレクション 薄葬posted with ヨメレバ加藤 一 竹書房 2020年03月28日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る