福澤徹三氏と怪談社とのコラボ作品「忌み地」の第二弾。
ただ、冒頭で福澤氏が言い訳しているように、コロナ禍ということもあって取材も限られてしまい、関係ない話も多くなっている。
「風の音」この話では、怪談の核が語られていない。
時折襲ってくる風の音。
しかし、どうやら本当は風の音では無いらしい。
その正体に気付いたらしき母は、その数日後に突如命を失ってしまう。
先日読んだ際には、何なのか全く想像すら出来なかった。
でも、これを書いている途中で、もしや地獄の音なのか、と急に浮かんできた。
とは言え、これを聞くと金縛りが落ち着く、というのはそんなものでは無いということか。
あるいは、父が地獄から来て何かを抑えてくれる、ということなのか。
いろいろと考えさせられてしまう。
怪談としては珍しい体験を与えられる一品。
「残像」怪異とは過去に起きたことの記憶の残像のようなものなのでは、という説を以前どこかで読んだ気がする。
この話は、まさにそれを証明するかのような内容だ。
この体験は、一度きりだったのだろうか。
「ガマからきたひと」以前、幼稚園の子供たちが、ばらばらに騒いでいた状態から、突然皆同じ方を見て黙ってしまう、という話を読んだ。
確か、指差しまでしていた、と語られていたような。
子どもと大人、という違いはあれど、内容的に類似性は高い。
何かを見て驚いて、というわけでもないのが面白い。あくまでも無意識に、何とはなしに黙ってみてしまうのだ。
そんな時、やはり何かが来ている、と考えた方が良いのだろうか。
「きんじょうふさ」ユタになる素質が如何にあろうと、本人にその気が無ければ関係ない、というのが興味深い。
ただ、女性経営者として成功する上で、その力がなにか良い効果を与えてくれた、という可能性もあったのかもしれない。
「同窓会の電話」何人もの人間が、既に無理心中で亡くなってしまった同窓生からの電話を受けている。
しかも、伝言を頼まれた相手もまた、行方不明になっているという不思議。
ただ、その事実を知らないようだから、二つの事象は繋がっているわけでは無さそう。 その彼女を気にしているのは何故なのか、という疑問は残るけれど。
「石を投げる老人」これは怪談なのかどうかは判らない。
認知症も急に悪化する、ということが無いとは言えないからだ。
しかし、庭を掘っていて出てきた大量の石、というのが皆地蔵の首だった、というのは不気味だ。それもあり得ない、ものではないけれど。
「マンションの過去」まるで普通の人のように会話が成立して、自分が所有していたビルについて気に掛けている霊、というのは意外と珍しい。
通常全く意思疎通が出来なかったり一定の動作を繰り返すなど、言動がやはり常軌を逸していることの方が圧倒的に多いので。
ただ、マンションが建ってから十数年、何故今になって現れたのだろう。
これまた著者の特質により、とにかくあっさりと書かれてしまっているので、ほぼ恐怖には繋がらない。
それなりに興味深い事例もあり、簡潔にして要を得た文章でもあるので、ルポとしてはきっちりとしている、とは言えるかもしれないけれど。
評価の難しい作家だ。
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福澤 徹三/糸柳 寿昭 講談社 2020年07月15日