意図したわけでは無いのだけれど、この本も黒木氏が編者であり共著者。
とは言え、何かテーマによる縛りなども無いので、通常の怪談集になっている。
かなり個性派揃いの作家(小田イ輔・朱雀門出・郷内心堂氏etc.)を集めているので、もっとテイストがばらばらになるかと思いきや、意外とトーンに左程のばらつきは無く、むしろ通底するトーンが共通しているようにすら感じた。
それが単調さに繋がる、ということも無く、楽しめる一冊ではあったけれど。
「崩れる喫茶店」この喫茶店で昔何が起きていたのか。
二人が見てしまったのは経営者夫婦の間で実際に起きたことの再現、なのだろうか。
二人は、今一体どこに。
二人の珈琲に何故か歯が入っていた、というのも関連があるような無いような。
ともあれ、目茶気持ち悪い。
「おかしくなってる自分が見える」これはなかなか珍しい事例。
父親とは言え他人に体を乗っ取られた自分を外から眺め、無事また戻れた、というのは凄いことだ。
この父親のヒールに徹する完璧な屑っぷりが見事。
ただ、今も一日一回は必ず呑んでしまう、というその習慣。
しかも好んで楽しんでいる、というよりも嫌々となると、より依存症への道が見えてしまいそうで怖い。
「G車」作業のため駐車している車のエンジンがいきなり全開になり、目の前に損壊した人の顔が迫ってくる、というまるでホラー映画のような展開。
その姿は何ともおぞましい。
「煙草もらい」煙草をねだったのが何者かは不明ながら、きちんと御礼をする、というのは義理堅い。
しかもちゃんと因果応報、良いことも悪いことも起きる、ということは、霊的なもの、というよりも神のような存在なのだろうか。
その効果がささやかな上、期限まである、というのが行為に見合っていて尚更面白い。
「里帰り」前半の、良くないものを憑けてきている、と指摘してくれた老婆自体がこの世のものではなかった、というのがまず興味深い。
後半のエピソード、勝手に憑いてきながらそろそろ帰りたい、とせがんでくる爺さんの霊、というのもなかなかのもの。
帰るとなると、宿主に見向きもせずすたすたと消えていく、辺りも気遣いなどといったものから解放されてしまっているあの世の存在らしい気がする。
ただ、離れていく場所が神社、というのは何だか不思議。
自分の墓や自宅、というわけでも無いのか。あるいはその神社の人間だったのか。
「一番怖い電車」事故で亡くなった人があちこちの関係者に現れる、という話はそう珍しいものでは無い。
しかし、その相手から「一番怖い電車は何」と質問された、というのは、その意味も意図も判らず何とも謎だ。
元々怖い電車、というものが普通は存在しない。
さらに、質問したのが語り手に対してだけ、というのも妙だ。
「狛犬の死骸」まず第一に、そのように大量の狛犬の残骸など発生するものでは無いだろう。例え大地震後であっても。
どこから来たものなのか、あるいは本当にこの世にあったものなのか、それ自体が怪異である、とも考えられる。
そしてそこを訪れてからおかしくなってしまった友人。
そこから帰らない、と言い張りその場に残った筈なのにいつの間にか自分よりも先に帰ってしまっていた、というのも不思議ではある。
ただ、その後については、何だかおかしな雰囲気があって疎遠になってしまった、というだけで、具体的な出来事も無く、何だか物足りない。
「よく首吊りに選ばれる樹を見に行った話」久々に見事なまでに不条理で奇妙な一品。
突然語り手だけに襲ってきたかのような雨。
まるで見計らったかのように現れた家では、声はするから誰かはいるようだ。
しかし、襖を開けてもまた次の部屋が現れる。
しかも仏間が二間続いたりして、明らかにおかしい。
語り手はそこで引き返してしまったので、特に変事は起きたりはしなかった。
良かったような、何とも残念なような。
まあ、何事も無かったからこうして語ってくれたわけで、やはり喜ぶべきだろう。
この家が一体何だったのか、声の持ち主が何者だったのか、そのまま進んでいったらどうなっていたのか。
解かれることの無い疑問がどんどんと浮かんでくる。
余韻のある話であった。
「河原亜紀子」見るからに不気味な人形を家族全員が溺愛してしまう。
それ自体は趣味嗜好の問題だし、家族なら好みが一緒でも不思議ではないので、まああり得ないでは無い。
ただ、全員が同じ名前を、しかもそうありふれてもいない名を思いつく、というのはかなり珍しい。もしかすると、この家族には特別な繋がりもしくは思い入れがあっただけ、ということかもしれないけれど。
空恐ろしいのは、ペットの死はともかく、妹さんが行方知れずになってしまっているかも、という辺り。
これについても、語り手の意識から外れてしまっているだけ、という心の有り様に拠っている可能性はある。
しかし、もしや、と思ってしまうと何とも怖くて堪らない。
この人形には何かが宿っているのだろうか。
「対決」祭を穢した人間には全員死を齎す、実に神らしい罰の当て方だ。
殊更悪し様に描かれてはいるものの、田舎の連中の対応振りには実にむかつく。父同様許せん、と思う。
そのように怨念を次々と身に纏わせることが出来る、とは知らなかった。
是非とも結末を知りたかった。それが心残り。
「生まれ出る」この小さな裸の女、というのは何なのか。
どうも、特に蛾の体内にだけ巣くっているモノ、という気がしないのだけれど。
そんな得体の知れないものを食ってしまう、というのはとんでもなく気持ちが悪いし怖ろしい。
ただ、結果何かに見舞われた、ということも無かったらしいので、祟りや罰を与えるような存在では無かったようだ。
こうして読み返してみても、印象的な話は各作家さんから一つ二つ選ばれている。
朱雀門氏のみ特に印象が強かったのは確かだけれど(取り上げたのも3作)。
逆に小田・郷内両氏など、あれ、と思う程薄味だった。読んでいる間それと意識することすら無かった程。
ともあれ、このレベルでまとめてもらえれば、充分に満足。
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黒木 あるじ/我妻 俊樹 竹書房 2021年09月29日頃