またしても郷内怪談シリーズ。
しかし、今回はかなりの異色作。
著者の言に拠れば、今回の怪談は郷内氏が集めたものではなく、勿論仮名だろうけれど裕木真希乃という女性が取材したものだという。
何だかあまりに話が出来すぎているようにも思えるし、最後になって著者自身とも妙に繋がってくる。
果たして実在の人物なのか、疑問も感じる。
次々に紹介されながら、というにしては怪談のレベルが皆それなりに高い、ということも含め。
ただ、これも一応実話怪談、という範疇の筈。
そこを疑ってしまうと前提から成立しないし、著者の作品の場合、そこを度外視しても面白いものが多いので、まあ目を瞑っても良かろう。
何だかいつもとは作風が異なっているような印象もあり、それが証、なのかもしれない。
全体に郷内怪談よりは薄味。
それでも、興味深い話は結構あった。
「再現不能」普通に転がしておいた筈のボールペン2本。それがちょっと席を外した隙に、ペン先で繋がって状態で突っ立っていた。
そのシュールな姿を想像すると、いろんな意味で心がぞくぞくする。
どう考えても偶然に出来てしまうことではなく、人為的だとしてもそう容易く為し得るものでもない。
怪異はそれだけだったようだし、二度と起きることも無かった、という。その理由もメカニズムもまるで解析不能。
何とも不可解だ。
「反転」友人のアルバムの中に得体の知れない女性の写真が紛れ込んでいたばかりではなく、その目が動いた、というだけでもなかなかのもの。
ただ、ここまでは体験者のみに起きたこと。その後が凄い。
アルバムを放り投げただけで、貼られている写真全てが裏返ってしまう。
そんなこと、常識的にはあり得ない。しかも、これは二人共に確認している。
この体験者は先の「再現不能」のお母さん。
どうもこの母娘、何か特別の力を持っているのではないだろうか。
どちらも、いわゆる心霊現象、という括りでは、どうにも説明できない。
勿論、特に娘さんの方など、そんな力を発揮するようなきっかけもなくて、それもまたおかしなことではあるのだけれど。
あるいはこの一族に関わる第三者(故人の可能性も大)によるものなのかもしれない。
「これから行くよ」途中までは、まあ王道の心霊スポットもの。
声に足音、電源オフまで、きっちりとこなしている。
意外なのは、いつの間にか真っ黒く染まっていたという麻雀牌。
学生が使っているものなどおそらくプラスティック製だろうし、どうやってもなかなか色を付けることすら難しそう。
存在をアピールするにしても、かなりユニークな手法だ。
「あべこべ」コンビニ店員は勿論、お客さん、オーナー夫人まで見てしまう、というのだから、大分信憑性の高い怪異だ。
御祓いで消えたようだし、特に何か災いを齎してもおらず何より、と思っていたら仰天の結末。
事件が終息してから半年も過ぎた頃になって、店の裏手で死んでいたホームレスが、まさにその怪異の主であった、と。
何故死ぬよりも先に幽霊となって店に現れてしまったのだろう。
彼自身他所の街から流れ着いたばかりで、特にこの店どころか街にも縁はなかった様子。
生き霊ということも考え難い。
以前に、道路で事故の映像を見せられる、という怪異があり、後にそれが現実に再現されてしまった、という話があった。
こういった時間の逆転現象、何かの科学的な(超科学含め)説明が出来るものなのだろうか。
個人的には通常の心霊ものより相当に興味を惹かれる事例。
「葡萄の娘」かなりの大作。
王道の展開ではあるけれど、その娘の姿、というのが何ともホラーで不気味。
楳図かずおのマンガを読んでいるかのようだ。
飾りを取り返されてしまったようなので、夢で片付けることも出来ない。
どこの誰なのか、その娘の正体を知りたくて仕方ない。
「誰のもの?」ふざけている内にガラス戸を破砕してしまった。
その破片の中に、家族の誰のものでもない指が一つころりと転がっている。
これは怖ろしい。
あまりに唐突過ぎるし、本当に怪異なのか、あるいは何かの事件なのかも定かではない。
その不条理さを含め、実に印象的。
「肩車」心霊スポットであるかどうかも知れない廃屋。
そこで謎の老人(の霊)にいきなり肩車されてしまう。
この老人自体皆に見えた、という。
しかも、その時掴まれた手の跡が、足にくっきりと残ったままだという。もう十年近くも。
その霊の行動自体も全く意図不明で、一層気味が悪い。
「カレー臭」帰宅すると、自室がいきなりカレー臭くなっており、しかも窓を開けて換気してもそれが消えることはなかった。
テーブルの上が一番臭いが強かったというし、その強烈さは他所から流れ込んできたレベルでは無さそう。
一度きりのことらしいけれど、一体何が来ていたのだろう。
「様変わり」たまたま入った飲食店が、実は既に営業していなかったり、そこには存在していないものだったり、という話は偶に聴く。
しかし、この事例のように、業態も雰囲気も全く違ってはいるものの、どちらも飲食店であった、という話など初耳だ。
夫婦二人で同じ体験をしているので、幻覚でも無いようだ。
以前有ったイタリアンの亡霊、という可能性はある。しかし、実際に存在しているラーメン店はかなり古びているようだし、そんな以前、ロードサイドにお洒落なイタリアンなどあったとも思えない。
メニューを開いた時点で入れ替わる、というのも何だか不思議で興味深い。
「女学生たち」懐中電灯がないと歩けないような田舎道。
そこに灯りも無しに多数の女学生が歩いてくる。
そんな集団に囲まれて歩く、というのは怖ろし過ぎる。
しかも、体験者に声をかけるでも気にする風でもない。
なのに、体験者が幾ら早足になっても、そんなそぶりを全く見せないまま同じ速度で付いてくる、という。
こんな経験は絶対嫌だ。どう考えてもトラウマになってしまう。
右手に巻かれていたという赤いスカーフは、何かの印、なのだろうか。
「模倣体」ドッペルゲンガーのような代物なのだろうか。
だけど、家に入り込んでしまっている、というのだから質が悪い。
実際の彼氏の行動から見て、明らかに二人同時に存在していたことになる。
そのままそこに居たらその後どうなってしまったのか、想像すると余計に不気味。
「初心忘るべからず」おどろおどろしい女の顔にぬいぐるみの体。可愛いような怖いような。
そのアンバランスは、見たら一層恐怖に駆られるものかもしれない。
確かにお客さんに見せてはいけない、ものだったかも。
でも、逆にそれなりの力があることは見せつけられたわけだし、巧くフォローすれば何とかなったのでは。
他にも、「自然学校」なども印象に残るし、読み応えもある。
ただ、冷静になって考えると、この話には、明らかな怪異は一つも登場してこない。
二人の娘も怪しい存在ではあれど、皆に見えているし、何かこの世のものではない、と思わせるところは一つもない。
本を再び手にしているのはおかしい、というのも同じ本など存在しない、という前提事態が思い込みでしかない。
来美の身に起きることも、因果応報譚としては胸がすく結末ながら、何らかの精神錯乱かもしれない。何より怪異を示唆する証拠の一つも全く存在していない。
むしろ印象に残るのは、語り手が嫌々ながらのように語りながら、いじめの片棒を担ぎ続けてしまっていること。傍観し続ける、というのも虐め行為の一つに他ならない。
それが、読んでいても気になってしまい、語り手の行動に苛つかされることはあっても、感情移入できない。シリーズ物の別の巻、ということだって有り得るし。
そして、自分でもそのことを感ぜずにはいられず、負ってしまった心の傷が、この出来事全体を怪異、という枠に閉じ込めることで責任回避しようとしている、ようにも見えてしまう。
いろいろな事実を知ろうとしない、というのも、この事件から意識を遠ざけ、自分の精神の内面を直視することになるのを避けようとしてる、ようにも感じられる。
気になるなら、ちょっとは探ったりしそうなものだし。
しかし、そんな真理の綾を見ることも出来、人の心を知る上で参考になる事例、とも言える。
「スノーホワイト」最後の長編。
何と、ここで著者のタルパ、桐島加奈江が突如出現する。
以前消滅してしまったのでもう終了かと思っていたら、ここで思わぬ再登場。
エピソード自体も著者の体験と瓜二つだ。
元々著者の空想から生まれたもの、という話だったのに、一体どういうことなのだろうか。
どうやら、謎解きは時間に持ち越されてしまったようだ。
相変わらず持っていき方が上手いな。
著者によると繋がったり関連したりしている話が幾つもあるという。
でも、読んでいて、全く気付かなかった。
表向き関係ないように見える、ということだから、特別な力がないと判別できないものなのだろうか。
この後で解き明かされるのかもしれない。
この本の前提によれば、体験者に語ってもらった後、次の方を紹介してもらって繋げていく、という形をとっている。
各話冒頭にその辺りの関係なども明示されており、編集が無いのであればその通りなのだろう。
だとすると、ここまで粒の揃った怪談を集めることが可能なのだろうか。
確かにある程度の濃淡はあるけれど、これはどうにも、というようなレベルの低い話は一つもない。
そんなこと、本当に有り得るの?
これもまた何かの怪異、なのかもしれない。
今回12冊中の5冊を消化したところ。
まだこれから一冊か二冊はこの続きが披露されるのだろう。
それと共に、きっと著者自身との絡みが出て来るに違いない。
今から気になって仕方ない。
posted with ヨメレバ
郷内 心瞳 KADOKAWA 2021年07月16日