著者が主戦場としている角川ホラー文庫ではなく、竹書房怪談文庫からの一冊。
なので、主軸となる話は強烈な怪談、というわけではなく、基本闘病生活のエッセイのようなもの。最後に何故か霊を見る力が著しく弱まっている、というオチはあったものの、それは読者にはほとんど関係がない。
しかし、今現在期待できる怪談作家ナンバーワンの座は揺るぎなく、ここでも面白い話が一杯あった。
「自分たち」幻の部屋で、ベッドに横たわる患者らしき自分をめちゃくちゃに切り苛む看護師になった自分「たち」。訳が判らない。
最初に自分の名前を呼ばれているところからして、向こうはこの光景を見せつけたかったようだ。
何故こんなことが起きたのか、語り手にも理由が判らない以上、こちらでは想像することすら出来ない。
ただ、こんなシーン、様々な怪異現象の中でも、一番トラウマになってしまいそうだ。
絶対見たくない。
「転送」目が覚めたら蒲団ごと他所の空き地に移動している。
びっくりするよなあ、これ。
すぐ裏だったからまだ良かったけれど。
遙か遠くに行ってしまっていたらどうしたらよいのか。人通りの多いところだったらどれだけ恥ずかしいか。
考える程様々に気まずい状況が想像できてしまい、これも一生味わいたくない体験だ、と思ってしまう。
家の中が線香の香りで満ちていた、というのも関係しているのだろうけれど、意味は判らない。
こういう謎の種明かし(真相究明)、無理だろうけれど、強く望んでしまう。
「ぽろぽろ」この前に読んだ「奥羽怪談」でもあったけれど、心霊スポット怪談も新しいステージへと進化したのか、奇妙な話が登場するようになった。
何か怪しいものを見たり体に異変が、というのならよくあるけれど、着ている衣服が瞬時に朽ちてしまう、というのは何とも不可解。
スポットとの関連性も全く見えてこない。
下着だけは残ったようだから、駄目にする衣類を選んでいた、ということになる。
あるいは知らぬうちにでも何かしら天罰に遭うような行動をしでかしていたのだろうか。
「バラードソニック」稲川怪談でもお馴染みの、声だけが移動してくる怪異。
あちらのように樹海、というわけでもなく、風光明媚な海岸、しかも最接近時には鼓膜を揮わす程の大音響、というのが凄い。
そんな音量の怪談自体、およそ初耳だ。
「どーんどーん」鐘と白い小さな女の関係が判らず、その行動もちょっとおかしい。
一連の動向から関連があることは間違いないようだけれど。
例え何であれ、寺から鐘を盗む息子ってどうなのだろうか、と思うし、それを他人様に話せる、という語り手の神経もよく判らない。
「甘味処」この話からは、御徒町駅近くにあり閉店してしまった甘味処「福助」とその絶品「福助あずき」が思い出され、哀しくなる。
この事例はタイムスリップ、というわけでもないようで、どこか別の空間と繋がってしまったのだろうか。まさか異世界食堂か。
金額や支払いに関するコメントがないところをみると、時代が違う、ということも無さそう。
「仕返しラーメン」この話で一番驚いたのは、このとんでもないラーメン屋自体はどうも怪異などではなく、実在しているようだ、ということ。
間違っても入店したくない。
ネットを使いこなせる相手とも思えず、辛辣なレビューへの仕返しではなく、言い返したことへの報復と考えた方が良いのでは。
でも、送り込まれたのが麺だけで良かった。スープなんかも一緒だったら、もう目も当てられなかった筈。
「行列のできる店」繁華街の一等地にありながら、どんな店が入っても直ぐ潰れてしまう場所、というのは、結構存在する。
それが、実はこうした方々の力によるものなのでは(ということも有り得るのでは)、と思わせてくれる貴重な事例。
語り手のように見えてしまう人ばかりでなく、それ以外の人々にも影響を及ぼしているのだろうか。
「見えるを描く」この話では、著者の本筋とは違うところで二点興味深いところがあった。
まずは、霊が蝉の声のような怪音を発する、ということ。しかも、かなりの音量らしい。
ただ、この音、「花嫁の家」で最悪男が武器として使っていた声に近い気もする。
また、祖父の霊に殴られたら、猛烈な痛みと衝撃が走った、ということ。
霊体からの攻撃が物理的なダメージを与えられる、というのは珍しい。
「ぶらさがり健康器」怪談なのかそうでないのか、ぎりぎり境界線上の話ではある。
しかし、個人的には惹かれる作品。
友人がわざわざ遊びに来て他人の部屋のぶらさがり健康器で自殺しようと思う、というのは何とも不自然だ。息子さんの仕草からして、このマシンに何か因縁があったのでは、と考えたくなる。
「リピート」事故現場の残像を見せられているかのような怪異。
しかし、実際には未来の出来事が先行しているものだった。
この時間軸の交錯が一体何に由来しているのか、何とも気になる。
「おそらくどうでもいい話」トレイにいた少女の霊?が、豆腐(らしきもの)を手づかみで食べている。
実にシュールな光景だ。
こんなに意味のない行動をしている怪異というのはあまり聞いたことがない。
怖い、というよりコミカルな話にはなっているけれど、希少性の高い事例ではある。
「跳ね返る」丑の刻参りの負の側面、行為を見つかってしまった場合の報いがこれ程強烈なものとは。
偶然とは言え、見つかってしまった母の無念、結果的に母を死に至らしめてしまった語り手のトラウマは如何ばかりか。ほんのちょっと時間がずれるだけで、何事も無く過ごし続けることもできた、かもしれないし。
まあ、丑の刻参りが成就したとしても何らかの代償が求められたかもしれないけれど。
そこまでの行為を行わせようとした相手、というのが誰なのかはこちらも気になって仕方ない。
「火だるま乙女 陰・陽」その場の勢いででっち上げた即興怪談。
それが、ある種現実化してしまう。
しかし、実のところ、語り手は適当に思いついたものを語っただけ、としているけれど、果たして本当にそうだろうか。
先に挙げた「リピート」のように、怪異が先行してしまって、事件がそれを追うように起きる、という事例は、ごくたまにだけれど見聞きする。
ここでも、その家から発せられた何かが彼の脳に働きかけて、この怪談を語らせたのではないか。
火だるま乙女の夢を見ると火事が起きてしまう。
しかも、三回も続いてしまうと、偶然では片付けられない。その内二回はごく親しい身内、一回はこの話の大元となった由縁のある家、というところも。
例え本来は関係なかったとしても、語り手の心に強烈な影を落としてしまったことは間違いない。
角川ホラー文庫のシリーズは、これまで読んでいなかったので、最近出版順に買うようになった。
ついこの間読んだ「鬼神の岩戸」が本来2018年発売だそうなので、今から4年前。
それに対して、この本は昨年夏のものなので、作者の近況に3年のずれがある。
なので、何だかタイムスリップしてしまったかのような違和感を感じてしまう。
あちらでは半ばアル中状態だったようなのが、ここでは難病による闘病生活中に。
まあ、あの荒れた暮らしが原因、と考えれば繋がっていないでもないけれど。
必ず作中で触れられ、それなりに愛情を感じていることが伝わってきた奥さまとも、連絡すら取れない別居生活に陥っている、と。
双方の闘病が主因とは言え、一体何が、と思わずにはいられない。
ともあれ、これだけの怪談作家を、まだまだ失いたくはない。
病気の快癒と健康回復を心から願う。
2022.6.21追記
「壊れた母様の家」を読んでいて、その末尾と状況があまりに近しいので確認したところ、腎臓病で入院していたのは2018年のこと、とこの本の中に明記されていた。
重要な情報を見落としてしまっていた。情けない。
どうやら、それぞれの本の発売時期とそこで書かれている内容の時期については、大分ずれがあるようなので、きちんと留意せねば。
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郷内 心瞳 竹書房 2021年07月29日頃