吉田悠軌/恐怖実話 怪の残滓

 前回読んだ「恐怖実話 怪の残響」では大人しい印象、と書いた著者の新作。
 しかし、感想を見返してみると、意外と気になった作品数は多い。
 今回も、いかにも怖い、という話は見受けられないけれど、何だか引っ掛かる話は結構あった。

 「あの人だ」有名女優の霊をその自殺現場で見てしまう、というのは珍しい。しかも、それが自殺時の光景をしっかり再現しているらしい。

 「かくれんぼ」これはもう大好きネタ。
 一緒に廃墟探検をした筈の友人が神隠しに遭ってしまい、しかもその瞬間から皆の記憶から消去されてしまう。語り手はどうにか覚えていたけれど、その内記憶からも消えてしまった。不思議なのは、それを聴き、イベントで語りもした著者すらも、そのことを全く覚えていないこと。単なる惚けおっさん、という可能性もゼロでは無いけれど、妙ではある。
 乳歯と服だけが見つかった(のかもしれない)友人、一体どうなってしまったのだろう。

 「かぶりもの その1」突然激しく動き出す段ボール箱。相当に怖い。現実に遭遇したら、本当に腰を抜かしてしまいかねない。
 しかも、穴から人間の眼は見えたのに、中には何もない。空っぽの箱が動いていた、というのは中に異形のモノがいるよりも不気味さを増す。

 「けものみち」廃墟を探す内、迷い込んでしまったループの恐怖。
 この作品が変わっているのはここから。
 そこにまずは鹿が現れ、一本のけものみちを指し示す、ように見えた。
 その後、夥しい様々な動物たちがその道を駆け抜けていく。それに誘われるように道を通ることで、何とか罠から脱出できたという。しかも、もうその道は跡形もなく。
 この存在は何だったのだろう、山の神が救ってくれたのか。「もものけ姫」や柴田亜美なら間違いなくそうなのだけれど。

 「ゾンビさん」人間、意識の力でここまで生きることが可能なのだろうか。否、正確には意識もなくぼんやりしていると、か。
 医者が自分の体験談を語っているだけに信憑性も高い。
 何とも異色の話ながら、ここまで来ると、紛れもなく怪異であり怪談には違いない。
 それとも、本当にゾンビは存在するのか。
 これも結構好みのタイプ。

 「てて」これまた何とも奇妙な話。
 幼稚園児と保母さんが、園内の棚にそれぞれの腕と脚の先を見てしまう。
 自分のものではなく相手の。
 霊などの類とは全く異なる怪異であり、そのメカニズムも理由も何一つ判らない。
 特に何かの警告でもなかったようだ、「今のところは」。
 怖い、というよりも、どうしてそんなことが起こり得るのか、その真相が気になる事例だ。

 「第六天の森 その1・2」忌み地(禁足地)噺。何よりの大好物。
 しかも、これは現実に確認も可能だ。
 怪談としては些細な現象しか起きてはいない。
 しかし、第六天とはかの信長が名乗った神でもある(どうやら信憑性は高いとも言えないらしい)。いわゆる日本の神の系譜からも外れた、異形の存在だ。それだけ、土着の信仰としての色合いが強いのだろう。
 あの押上の高木神社も、本来は第六天社だったのだという。確かに、あの高皇産霊尊を祭神にするなんておかしいとは思ったのだ。本来何もしない存在だった筈だし。
 神社もちゃんと組織化されていないところは、しばしばあちこち移転させられてしまう。
 この辺りにもそんな神社がごろごろしている。猿江神社内の藤森稲荷神社もそんな一つだ。
 何だか良く判らない第六天など、ひとたまりもないのだろう。ただし、完全に無視することもまた難しそうだけれど。
 ここで書かれているこのエピソードに纏わる怪談などの話はあまり印象深いものでは無いけれど、つい色々連想が広がってしまうネタではあった。
 最後の、なかなか行き辛いところにひっそりと祀られている新・第六天社の話も味わい深い。

 「リハビリセンター駅」こうした異世界遭遇ものも興味深い。
 とは言え、これは本当に異世界かすら曖昧な、その分むしろ不思議な話でもあるのだけれど。
 駅から出たところの景色が、見慣れたものとは全く違ってしまっている。しかも、見事に綺麗で美しいのだという。人も車も、動くものが何もない。
 そう考えると、どこか別の空間と繋がってしまった、ような話でもなく、やはりこれは通常の世界とは異なるどこか「あり得ない場所」なのだと捉えた方が良いのだろうか。
 確かに、そのまま歩み出していたらどうなっていたのだろう。
 こんな光景に是非出くわしてみたい、という思いはある。
 しかし、自分の性格を鑑みるに、間違いなくどんどんと足を踏み入れてしまうに違いない。もう二度と戻ってくることは出来ないのだろうか。

 「秋津駅・新秋津駅」上と似たような話。
 ここは、以前から有名なスポットらしい。
 後半の事例は、どこの国とも違う文字が書かれた看板が存在している、という時点でこれまたこの世界ではないのかもしれない。
 前半はまだ若い女性のようなので、むしろ新奇な話ではある。
 ただ、確認したら秋津駅のすぐ北側にはファミリーマートも存在しており、単に勘違いしただけ、という気もしないではない。
 若いとはいえ、既におばちゃん化していたとしたら、さもありなん、というところでもある。

 「下水道 その1・2」下水道工事現場に、人を引き摺り込もうと罠を張ってくるあの世の存在。こいつは怖ろしい。
 はっきりと作業依頼を呼びかけてくる、というのは珍しい。通常、名前くらいは呼んだりしても、あまりちゃんと話をすることなど無いものなので。
 それだけ懸命に呼び込もう、としているのかもしれない。
 先輩が止めてくるとは思うけれど、自分だったらついひょいひょいと逝ってしまいそう。

 「おーいおーいのおじさん」王道のネタ、というものではあるのだけれど。
 ただ、それが二重構造になっていて、いつの間にか彼女も若干あちら側に引き摺り込まれてしまってるっぽい、というのが凄いところ。
 二人はこの後どうなったのだろうか。

 こうして感想をまとめるため読み返してもても、怖い話はあまり無い。
 かと言って不条理もの、というわけでもない。
 読んでいる内、何故か自分の中で様々なネタがそこから派生的に思い浮かんできたり、何とも不思議な顛末にその謎を考え込んでみたり、という風に、こちらの思考を刺激してくれる、という要素が強い本であった。
 そういう意味では、他にあまりない面白い一冊だったと言えるかもしれない。 

恐怖実話 怪の残滓posted with ヨメレバ吉田 悠軌 竹書房 2021年03月29日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る