伊計 翼/怪談社THE BEST 天の章

 これまたベスト盤。
 そろそろ皆ネタ切れなのだろうか。いくら何でも月5冊というのは竹書房さんやはり出し過ぎなのでは。

 結局一冊読み終えても、ああこれ確かに読んだな、と思えたものは一つも無い。
 毎回同じ反応ながら、初めて読んだのと同じ新鮮な感想をお届けしたい。

 元々強烈な個性を発揮している、というものでは無いけれど、逆に残念な話、というのも少なく比較的しっかりした作品が多かったような印象がある。
 今回はベストチョイス版なのでさらに厳選されたものとなっているため、怪談を充分に堪能出来た。

 「第五號室」語り手が見てしまった子供、というのは戦争に関わるものなのだろうか。
 不思議なのは何故語り手には死産だった筈の赤ん坊と一緒の母の姿が見えてしまったのか、そして遺体はどこにいってしまったのか、というところだ。怪異とも関係しているのかいないのか、何だかもやもやする。

 「道路の男の子」猫が人に化けたのか、奇妙な話ではある。何人もの人間が同じものを見ているので、錯覚の可能性は低そう。

 「明るい終末」本来なら病室には医者がいる筈なのに、何故か皆が誘い込まれたのはおそらくいつもの病室の風情。病人の意思によりどこか異空間に導かれてしまったのだろうか。それは一体どういう力なんだろう。
 気遣いとは言え、友人も家族も皆遠ざけてしまって一人逝ってしまう、というのは何だか寂しいのではなかろうか。

 「錆神社」入ると必ず口一杯にどこからともなく血が溜まっていく神社。これ、結構強烈な現象だ。もし現代、これが確認できたら大事になる。明らかに医学的な説明がつきそうに無いことだからだ。
 ただ、血の味って、ほんの少量でも意外に強い。口一杯となると相当に臭いも味も凄い筈で、ある日まで誰一人それを吐き出さずに済んできた、というのが俄には信じ難い。
 吐き出した途端にその子諸共に潰れてしまう、というのもとんでもない罰だけれど。

 「圧死寸前」珍しくじん、とくる話なのに怪異としてもしっかりしている。
 即死した筈の人間が励まし気持ちを支えてくれる、というのは有難い。
 知り合いでも無いようだし、同郷であることを確認した、ということで幻覚とも言えないものを感じさせてくれる。たまたま偶然、という可能性はゼロでは無いけれど。

 「無人のバイク」何人もの人間に目撃された、誰も乗っていないのに走り続けるバイク。一度見てみたい。道を曲がってすらいるようなので凄い。
 最後の御札の下りは何だか出来過ぎのようで要らなかった気もする。かえって嘘臭い。

 「樹海にある物」カメラが割れ、ロープが引っ張られて人が引き摺られる。やはり樹海には何かあるのだろうか。

 「ランドセルを」こんな生まれ変わりは、巡り合わせとしても最高なんじゃないだろうか。

 「暗黒の夜」王道のホラー小説のような展開。語り手の話によればこの日記のまだ初期と言えそうな段階で既に行方不明になってしまっていたようだ。体験者は一体どこに連れていかれたのか。ただの心霊現象だけでは無い事件の奥深さを感じる。
 行方不明になった翌日にこの日記は見つかっているとのこと。とするとしばらく別空間のこの部屋で過ごした体験者の布団と日記だけが空間時間を遡行して現れた、ということになるのだろうか。
 隣の部屋では何が起きたのだろう。

 この著者の特徴として、何だか良く判らないセンスのギャグがやたら盛り込まれてしまうこととと、話の末尾に謎の文章が付いていることがあり、それでむしろ興醒めになってしまうことがある、というところがあった。
 しかし、この本に収められている作品ではどちらも影を潜めている。
 傑作選で本文に手を入れる、というのはまず無いと思われるので、そういった要素が無い作品を選んだ、ということなのだろう。
 そういう意味でも読み易い本であった。

怪談社THE BEST 天の章posted with ヨメレバ伊計 翼 竹書房 2020年08月28日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る