内藤 駆/恐怖箱 夜泣怪談

 まだ専門学校生だという若い著者。
 しかし、文章はこなれていて全く違和感が無い。
 そして何と言っても書かれている怪談が独特でおよそ類例の無いものが沢山。小田イ輔とはまた違った質感の異才が登場してきた。
 新鮮で面白かった。

 冒頭の「ツツジ」からして既にユニーク。
 ツツジの花叢の中でひらひらと振られる子供の手、という情景だけでもフォトジェニックで幻想的。しかし、直後にそれをぶちこわすような第二の怪異に文字通り引きずり込まれてしまう。そのダイナミックな動き、そして事件性を窺わせる告白。短くとも強烈な印象を残すエピソードであった。

 「小咄 四つ」はそれぞれ関連性も無い話がまとめられている。二つは短めの一編位はあり、何故ここで一括りにしようとしたのか理解出来ない。
 内、二番目以降のエピソードはいずれも興味深い。 
二番目の話は絵の内容が変わっていく、という昔アラン・ドロン主演のホラー短編にあったような内容。かなり不気味な変化を遂げた上、語り手と絵の所有者の二人とも経験しているようなので信頼性も高い。さらにこの絵の所有者自体が何だか怖ろしい、というおまけのオチまで付いている。
 次の話は舌切雀のように人間心理を突いた復讐劇であるところが見事だし、人を痴呆にさせてしまうような祟りもしくは恐怖、というのがどんなものなのか、全く描かれていないだけに想像してしまって一層怖ろしい。ここまで効果の高い霊障というのもそうは無い。 四番目のエピソードは一言怪談ながら切れ味抜群。こんな現象が起きたら本当に堪らないだろう。

 「雨」の中で起きているエピソ-ドは、いずれも全く唐突で意味や関連性がどうにも想像すら出来ずわけが判らない。強いて言えば、ここまで常軌を逸した言動になってしまう「葵」が、なぜ家に行くまではごく普通の友人のような振る舞いであったのか、何とも不思議だ。特に家に引きずり込もう、という狙いだったようにも思えないし。また、あまりにタイミング良く現れる伯父という人、及びその言動も謎ではある。いずれにせよ、不条理ネタとしてはなかなかに強烈な話ではあった。

 「カエル山」も、起きている怪異自体も類例の無い不思議なものもある上に、それが次々と連続して起こっていきながら、それぞれの出来事に繋がりが感じられず不条理感ばかりが募ってしまう、というユニークな内容。パラレルワールドもしくはタイムスリップと覚しき要素まで盛り込まれ、もうちょっとした映画を観ている気分だ。この一編だけでも、この本の価値は充分であろう。創作で無ければ。

 「アゲハ」これも全体としてはちょっといい話風の内容にはなっているものの、実のところ起きている怪異もしくは異変もおかしなものだし、それらの因果関係など全く理解不能である。結果から見れば確かにそうだ、としか考えられないけれど、何で、としか言いようが無いのも確か。

 「お化け屋敷と観光バス」は本来全く関係の無い話二つが連続して書かれている。これは稿を改めて次の話にした方が自然だと思う。
 それはともかく、その前半、お化け屋敷の話は何とも奇妙だ。
 お化け屋敷のお化けを体験してしまう、というだけでも凄いことなのに、これまた謎の巨大サザエに挟まれてしまう、というこれ以上無い不条理体験のおまけ付き。しかも「戦慄恐怖の血みどろ屋敷」という触れ込みなのに全く怖くは無い。いや、実は本当ならサザエに挟まれることで「血みどろ」になる筈が何かの理由で助かってしまった、ということなのだろうか。
 この場所、おそらくは二子玉川園なのだろうな。

 ここに挙げた話だけでなく、「狩猟」なども相当に不思議。
 ただ、どれも本来ならここに書かれていない話の真相、因果などが隠れていそうなのに、そこにはほとんど踏み込まれていない。それがどうしてももどかしい気持ちにさせられるし、全体に軽い印象にも繋がっているように思う。
 もう一段の突っ込んだ取材を行っていけば、更に凄みのある怪談を提供してくれるのでは、と期待せずにはいられない。

元投稿:2019年10月頃

恐怖箱 夜泣怪談posted with ヨメレバ内藤 駆 竹書房 2019年08月29日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る