2020年6月2日~6月28日(本来は4月18日~)
2020.6.18拝観
以前から上半身だけの馬の絵の作家、ということで気にはなっていた神田日勝。
とは言え、美術館は北海道、そのまたかなり内陸のおよそそこに行くために一日を要するところ。
北海道に最後に行って以来既に30年近く。
文化財が少ない且つそれぞれが離れている、ということもあって、これまで相当回出かけた旅行でも、訪れることはなかった。
そんなわけで、拝見出来る当てもなく、半ば諦めに近い状態であった彼の作品が、東京に来ることなったと知りそれはもう喜んだ。
ところが。
それがまたこのコロナ問題で休館へ。
他館が軒並み中止となる一方なのでこれも難しいか、とまたもや諦めの境地に達しそうになったすんでのところ、開館し、展示も行われる、と。おそらく作品をもう持ってきていたのだろう。
ただ、江戸東京と同じく、ここも展示終了は予定通り変更が無く、6月28日まで。
三週間余りしかない。
丁度治験の診察で東京駅近くまで行く、という機会が出来たので、それに合わせて訪問。歩いて10分もかからなかった。
こちらは事前に日時指定の予約をしておかねば、現地に行っても入館できないシステム。 最初は余裕を持った時間で予約を行った。
しかし、それを期限までに発券できず、一旦はキャンセル扱い、になった筈なのだけれど、それが予約サイト側ではそうなってくれない。
なので、同じ日時で再度予約しようとしても受け付けてくれなかった。
ローソンチケットだけが扱っているため、別の方法で購入することも出来ない。
止むなく、ちょっと危険とは思いつつもその前のタイミングで予約を行った。
実際診察には予想以上に時間がかかり、ぎりぎりのタイミングに。
11時台の予約で、美術館に駆け込んだのは11:59であった。
まあ、過ぎてしまったら受け付けてくれないかどうかは不明ながら。払い戻しのトラブルを考えたら、その位なら大丈夫かもしれない。
それにしても、日時予約は結構波乱含みであることが初っ端から見えてしまった。
日時が指定されている割にはそれなりにいるな、という印象ではあるけれど、ほんらいなら会期終盤も終盤に当たるわけで、通常よりは相当に少ない状態だとは思う。
見始めて間もなく12時からの予約者が入ってきたこともあるだろう。
作品のほとんどが大画面なので、鑑賞する上ではもう自由には観られた。
面白いのは、32年という短い生涯なのに、画風が何度も大きく変化すること。
使う色彩までも全く違ってしまう、というのは珍しい。
しかも、ただ変わっていく、というのでは無く、同じ時期にかなり異なる画風の絵を平行して手掛けているようだ。
まあ、本来ならまだ個性が完全に確立するよりも前の年代なので、色々と挑戦を試みた、ということなのだろう。
好きなのは「画室」シリーズ。
この時期から突然色彩がカラフルになる。
そこで使っている色が各色の中でも明るいもので、パステルカラーやピンク、青にしても水色や空色と言って良い色調。何とも綺麗だ。
その後更に進んでアンフォルメル(非定型)という抽象に近い作品になっていく。
日勝のこのタイプの絵は流石に粗くあまり良いとは思えないものの、そこで使われている色味はここでも明るくそこは好感が持てる。
また、寄贈や販売を意識したと言われる風景を描いた小品が意外と面白い。
ここでは大作から溢れ出ているようなエネルギーはあまり突出しておらず、静謐な佇まいの印象派風の作品となっている。
緻密に描いている、というわけでは無いのだけれど、対象を巧く捉えているので生っぽい感じは良く表されている。
このグループが一番好きかもしれない。ちょっと欲しい位だ。
絶筆となった馬の絵はやはり凄みがある。
背景も何も無くただベニア板の上に馬の上半身だけが、それもかなり細かく書き込まれて描かれている。
後ろ足のところは数本の鉛筆線のみだ。
意図したところではない筈だけれど、何だか幽霊画、それもだまし絵となって絵から飛び出してくるような気がしてしまう。
同時期に残されたスケッチを見ると、どうやら本来は背景に結構シュールな内容を描き込むつもりだったようで完成していたら印象はまるで違うものとなったに違いない。
しかも、この作品、シューベルトの未完成と一緒で、描いている途中で亡くなった、というよりその直前に行き詰まって筆が止まってそのままになっていたものらしい。
とすると無念とかそういった感情がこもっているわけでも無いのだろう。
ただ、そんな知識レベルの話は全てうっちゃっておいて、この作品と無垢に対峙するなら、やはりこれは、日勝の何とも短い生涯を象徴するものとして実に相応しい逸品と言える。
この一点をしっかりと観ることが出来た、それだけでこの展示に訪れた意味は充分にあった、と言えるだろう。
元々作品解説とか気にしないタイプだし。
この作家は、上手いのかそうでないのか、何とも判断が難しい。
ただ、空間表現はあまり得意では無かったようだ。背景が床のみで遠近も何も全く描かれていないのでまるで壁に貼り付いているかのように見える作品も存在している。それ以外も全体に壁と床を二色に描き分けているだけで立体感は無い。
それ以前の動物作品なども動物は緻密に描かれているのに、空間はべたっとしている。
ただ、小品などを見るとそれが出来なかった、というわけでも無いようなので理解に苦しむ。
もしかするともっと長生きしていたら次第に抽象絵画に変化していった可能性もあるのでは、という気もした。
何しろ実際の開館期間が短くなってしまったためちょっと危ないところはあったけれど、伺えて大満足の展示であった。