2021年10月2日~12月26日 開催
2021.10.4拝観
以前から、浮世絵の伝統を受け継ぐ、さらに正確に言えば明治初期の小林清親や井上安治、小倉柳村などの流れを汲む、大正~昭和の木版画も結構好きだ。
中でも川瀬巴水には特に惹かれるものはあったけれど、これまではぽつぽつと数点展示されるものを観るばかりで、まとまって紹介される機会にはほとんど出遭ってこなかった。
それが今回まるごと巴水、という大胆な展示を企画したSOMPO美術館には敬意を表したい。
展示前期ということもあり、混んでいる、というまではいかなかったけれど、そこそこの入り。
地味なようで、それなりに関心のある人も多かったようだ。
とは言え、行列を成す、という程でもなかったのは有難い。
こうした版画・浮世絵の展示となると点数が多く、細かい表現になっていることが多いので、得てしてびっしりと行列になってしまう、というものが多いからだ。
これだけの点数(前後期合わせると279点)を集めても、下絵を除くと肉筆画は無い。
全く描いていない、ということも無いだろうけれど、集められるだけのものは存在していない、ということなのか。
これはまた珍しい。
他にはあの写楽位か。
川瀬巴水と言えば、何はともあれ「青」だ。
今回の展示をずらっと見渡しても、実に青い。
しかも濃紺から淡青まで、青の幅も広くさまざまに輝いて見える。
青緑に次いで青は好きな色味なので、そのグラデーション・バリエーションを観ているだけでいつまででも楽しめる。
その場から離れるのが何とも惜しい。比喩でなく後ろ髪を引かれてしまう。
青が多くなる理由の一つ、というか大きな要素は、夜の風景が多いことだ。
夕暮れや早朝(日の出前)も含めるとかなりの割合になる。
その辺りも清親の後を継いでいる、とも言えるけれど、清親の場合、夜はあくまでも黒く、それと灯りの光による対比が描写の主眼。
色を失い、青の階調の差で情景を描き出している巴水とは趣が全く異なっている。
むしろ全体が穏やかに溶け合い、そこに住まう人は勿論風景そのものがしんしんと眠りについている様子が、人など全く描かずとも思い起こされてくる。
作品の中に水面が描かれていることもとても多い。それも青を強めている一因。
水面の無い作品でも雨や雪の情景も多く、これも水の位相の一つではある。
川瀬巴水は、水と夜の絵師、と言えるのかもしれない。
虹を描いた作品が幾つもあるのも面白い。
巴水の性格が表れているようだ。
数ある名品の中で、とりわけ「旅みやげ第一集 陸奥三嶌川」と「旅みやげ第三集 別府の朝」が最も好きだった。
三嶌川の何か怪しいモノが浮かび出てくるのでは、と思わせるような泉の佇まいと、月夜と海、そして夜空が映っている泉のそれぞれに異なり微妙に移ろっていく青の美しさ。
別府の空も海も、どの作品よりも澄んでいて清らかな青色が素晴らしい。大好きな塔のように林立する帆柱も溜まらなく魅力的。
船の描写もとりわけくっきりと描き出されており、未明の底冷えのするような寒さとその分澄み切った空気が迫る程に伝わってくる。
もう本当に欲しい位。
版画なので、一点だけというわけでは無いし、おそらくどうにも手に入れられない価格でも無い。ある程度稼げていれば。
「三菱深川別邸の図」は、まだ岩崎家所有だった頃の清澄庭園~公園の風景。
ほぼ地元としては、やはり親近感が湧く。
確かにおよそイメージできるところも幾つかある。
特に、涼亭は昨年利用したばかりなので、思い入れも一入。
こうしてまとめて沢山の巴水作品を拝見することが出来、本当に良かった。
改めて、彼の作品には好きになる要素しかない、ということが判った。
大好きな風景画「のみ」の作家であり、青を巧く使い、精緻で澄んだ表現を窮めている。
不可能なのは当然承知しつつも、彼の全作品を一気に観てみたい、出来ればそこで暮らしていきたい、と思わざるを得ない。
後期に再訪するのは経済的にもなかなか厳しいのだけれど、観ていない作品が88点、最後まで迷ってしまいそう。