怪談としてはあまり特徴が見えてこない著者。
やだ、登山家でもあるため、山に纏わる怪談も多い。
安曇氏程ではないにしろ、山の話は、それ自体興味深い。
「あの夜のこと」何だか色々な部分が曖昧な話で、もしかすると、全く怪談では無いのかもしれない。
実際に飛び降りはあったものの、夜の内に全て片付いてしまったりして、特に話題になっていなかっただけという可能性はある。
友人は単にそういうことを気にするタイプでは無かったので、話題にしなかった、もしくは既に忘れていたとも考えられる。
彼が飛び降りてしまったのは単なる偶然、もしくはその事件がどこか心の奥底に残っておりそれが誘引の一つともなって死に到ってしまった、と言えなくもない。
確かにそうではある、のだけれど、全体を通じて何とも厭な、薄気味の悪い思いがつき纏ってくる。
なので、こうした居心地の悪さ、非現実感が怪談の醍醐味なのだと考えると、楽しませてもらった一品、と言える。
「対向車」対向車とすれ違うことも出来ないような細い路地で、向かいから来た車が途中で曲がってしまう。
ところが、その辺りに近付いてみると、一軒の廃屋があるばかりで曲がり角も駐車場も無く、車も消えてしまっている。
その後その道から出ようとするタイミングで、奥からまた同じ車が入ってきたようなので、繰り返しそこを巡回しているらしい。
原因は全く判らないし、凄く怖い、というネタでもない。
それでも、前に挙げた話同様、何とも言えない違和感は感じる話。
「光」これも、途中まではよくある心霊スポット探検もの。
しかし、湖に架かる橋の上にいると、水面から花火の曲導のような光の柱が何本も立ち昇ってくる。
下から上に、というのも何だか珍しい。
そして、そこから急に妙な展開となってしまう。
その場の記憶が途切れてしまって何が起こったのかはっきりしない。
そのせいか、彼から全く要領を得ない別れの電話がかかってくる。
どうやら彼の存在そのものも忘れてしまうような状態だったようだ。
この話、ドラマで言えば一番クライマックスの回を放送されなかったようなもので、怪異の核が見えないのは何とも残念。
語り手の彼に関する対応、心境も怪異によるものなのかは全く不明ながら、どうにももやっとする。
「うろたえないで下さい」ホラーマンガに出て来るような、大きく顔の中央にある一つ目、全く存在しないとは言い切れないけれど、まず遭遇するものでは無かろう。
そして、その発言「うろたえないで下さい」は実に変だ。
体験者は別にうろたえてもいなかったようなので。
さらに友人から全く同じ内容の妙なメールも送られてくる。
ところが、友人が送った方のメールを確認すると、まるで違う内容だったようだ。
この時点で、語り手に送られてきたメールは妙なままだったのだろうか。
この話も、それぞれの怪異の関係値が全く不明で、繋がっているのかどうかすら判らない。
ある種の不条理怪談とも言える。
「いぬおひいたのわをまえだ」偶然、気のせいと言ってしまえばそこまで、とも思えなくは無い。
はっきり怪異と呼べるのは、鏡面に映る自分の瞬きを見てしまったこと位。
でも、こうして稲川怪談のように不思議な出来事が積み重なっていくと、何だか味が出て来る。
怪異としては、些細と言ってもよい程度のものも多く、全く怖くは無い。
ただ、ここまでの感想にも書いたように、読んでいるうちに、何とも言えない居心地の悪さを感じ始めてしまう。
まるで、日常が取り返しのつかない別物に変貌し壊れてしまうような不安に嵌まり込んでいく。
雰囲気怪談、とでも呼べそうなものだ。
なので、思いの外読後の印象は悪くない。
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鈴木 捧 竹書房 2021年10月29日頃