黒木あるじ:編/怪談四十九夜 断末魔

 こちらももう毎度になりつつある、特にテーマのない競作怪談集。
 この方が自由に書ける分、興味深い作品が集まっていた。

 まずは冒頭の「実験」から。
 『禁足地』という単語には何とも魅力的な響きがある。
 足を踏み入れてはいけない、と理解しつつもどうしても惹かれてしまうものがある。
 久高島の島民以外立ち入り禁止になっているフボー御嶽など、そこに何があるわけでは無い、と判ってはいても何とか一度はその場の空気を感じてみたいと思ってしまう。
 それはともかく。
 何か明確に禁止されているわけでもないのに人が誰も入り込まない土地。何とも怪しい。
 そこで彼らが行った実験は可哀想ではあるけれど、実に興味深い。
 本当に確実な死を齎す場所。これは凄い。しかも動物の大きさによって効果に差が出ている。
 最後のエピソードはあえてさり気なく書かれてはいるけれど、実は強烈に怖ろしい。怪談とはちょっと違う部分ではあるけれど。これもある種の祟りなのだろうか。
 不謹慎とは思いつつもその後の話を聞きたくて堪らない。

 「リフォーム」部屋を出ようとすることで足が折れてしまう。なかなかの霊障である。
 一見ささやかな怪異、ほのぼの系の話かと思わせておいてのブラックで救いのなさそうなオチ。その落差が面白い。

 「トネバア」葬式の遺体にのみいたずらをする存在、しかも人のいない時を見計らい途轍もなく卑猥なイタズラを行う、というのはユニーク。
 口に出せない程卑猥な笑顔、というのがどんなものなのか、是非見てみたい。

 「ブンブン」ちょっと小田イ輔を思わせるちぐはぐな印象の話。その収まりの悪さがかえって気味悪さを感じさせる。
 声がきちんと聞こえない、というのは場合によっては脳のトラブル、という可能性も考え得る。しかし、事はそれだけではなく、動かなくなった彼氏や消えてしまった警官など細かい怪異も加わっている。
 ただ、一つ気になるのは、警官のエピソードは酒場で女性なのに男性相手に掴み合いレベルの喧嘩をした後だ、ということ。それだけ酔っていた、ということでもあろうし、どうも彼女の気質にも特異なところがあるように思える。素直に受け入れるには若干引っかかるものがある。

 「戦争映画」これまた小編ながら奇妙な一品だ。それぞれのエピソードが何だか繋がっていない。因果関係が見えないし辻褄も合っていない。でもこれを一連で経験した語り手がどうにも不思議で居心地の悪い思いになるのもよく判る。全体として不思議で非現実的なところも多いからだ。
 特にカズエの家、である筈の場所が、その後確認すると浄水場であったこと。これは明確におかしな事態である。
 何だか気になり、真相を追究したくなる。

 「賭け」これも不条理な怪異の連続技。仏像を渡されるエピソードから始まりどれも些細なもの、と言えなくもないけれど、続けてこられたら相当に厭。
 しかも、最後の大家さんが立っていると思ったらいなかった、というネタなど、どういうことなのか皆目見当がつかない。
 仏像が本当に関係していたのかは不明ながら、もしそうだとしたら、何故大分経ってから語り手に渡そうと思ったのかも謎。

 「どろんこ」体が泥になってしまう祟り。そんな恐ろしいもの、聞いたことも無い。
 語り手ならずとも、どうすればそうなってしまうのか、とても知りたい。これはやはり死んでしまった、ということなのか。

 「消えた僕」生きている自分の『霊』が出てしまう。しかも自らそれに遭遇する、というのも珍しい。いわゆる生き霊とも全く異なるからだ。
 こういう事例を知ると、心霊というのはその場所の記憶のようなものではないか、という以前聞いた誰かの主張を思い出す。
 それならある程度納得できる反面、同様の話などまず聞くこともない、のも確かで、だとするとこの説で解決、ということにも出来なそうだ。
 自分でそれを消してしまった、というのも面白い。

 「証言・取材・記録・資料」これは続けて一つの話なのでまとめて。
 怪異自体は大したことない。ただ声が聞こえるだけだからだ。
 ただ、同じ場所で以前に取材していた別の体験談、そのちょっと趣の違う話も合わせ、それに『因果物語』の原典とも言えそうな噺を組み合わせると、朧気ながら一つの仮説が浮かび上がってくる。さらには語られることも無かったよりディープな事件が想像されるまでに。
 一つの小説を纏め上げる時の過程を見ているような興味深さがある。

 「白いセダン」駐車場というか空き地に放置されている車から見つかる死者。
 それが、何故か周りから予言されるような形で語りかけられる。しかも同僚、子供、奥さんと三回も。子供の話などちゃんと未来の話として学校で話題になっている、という。
 また、同僚は(当人にはそんな覚えはないのに)語り手から話をされた、と言い、奥さんは話題になっている、という。
 結局その通りの事件は起きるものの、当人たちは全く覚えていない。そんな話題はおそらく無かったのだろう。
 果たして話した方の記憶から消えてしまったのか、語り手の記憶の中でだけ語られたことだったのか。謎だ。
 しかも、時間的に見て子供の話にあった三週間は経っていない。何故間違っていたのか。

 「届いていた報告」このところ接する機会が多くなっている不条理系の話。
 ちゃんとした怪異としては、という言い方も妙だけれど、何か起こった、と言えば友人の生き霊のようなものが起き上がって消えるのを目撃した、というだけなのだけれど、謎は沢山鏤められている。
 その生き霊のようなものは何だったのか、友人は何故急に行方をくらましてしまったのか、何故読んだ覚えの無い葉書が残されていたのか(言い換えれば何故その葉書を読んだ記憶が無いのか)、その女性とは誰なのか、本当に旅館であったのか、もしそうなら語り手は何故忘れてしまっているのか、もしそうでないなら何でそう主張するのか、どんな事情で何も言えなかったのか、彼らはどこに行ってしまったのか、今彼はそして女性はどうしているのか、等々。
 一つの話でこれだけ疑問が湧いてくるものも結構珍しい。気になる一品である。

 作者によって濃淡はあるものの、どの人のもそれなりに楽しめた。
 大半の著者作品をこうして取り上げていることからもそれは確認できる。気になった作品数自体多いし。
 ただ、期待の小田イ輔氏については、今回は怪異が小粒過ぎて惹かれるまでは到らなかった。残念。
 また、新登場の鷲羽大介氏。
 どの作品でも必ず語り手が語りながら飲んだり食べたりしているものの描写が細かく書かれている。内容に何か関係あるのかと思ったらそういうわけでも無い。
 むしろそこばかり気になってしまって肝心の怪談から気が逸れてしまうので、あまりそこに力点を置くのはどうかと思う。

 ともあれ、なかなかに充実した一冊で満足できた。

怪談四十九夜 断末魔posted with ヨメレバ黒木 あるじ 竹書房 2020年11月27日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る