2022年7月13日~10月10日 開催
2022.8.9 拝観
これまで、いくつかの展覧会で所蔵品が出陳されたりして、館名は見覚えがあるプチ・パレ美術館(プティ・パレ美術館-こう表記される方が多い)。
スイスのジュネーヴにある、ということ以外、特に知ることもなかった。
全体に大物作家や大作が少なく、作風にもかなり片寄りがあるのでちょっと変わっているな、と感じた。
展示を観た後で確認したら、やはりオスカー・ゲーズという個人のコレクションを公開するために出来た美術館なのだという。
ざっくりとした傾向としては、精緻に作り込まれたものよりも、多少粗削りでも勢いのあるタッチの作品を好んでいるように見受けられる。
勿論作品によって違いはあり、全てが当て嵌まるわけでは無い。
因みに、自分の好みとは真逆だ。
「印象派からエコール・ド・パリへ」という副題を付けているけれど、印象派の作品は4点しか無く、実際のところ、中心は新印象派。あまり有名どころはない。
点描は、スーラのものは素晴らしいし、シニャックも良い作品がそれなりにある。
しかし、それ以降の作家たちの作品では、点の質が均一になってしまったり、色遣いも補色や全く異なる色調のものを入れなくなったりして、何だか単調に見えてしまう。
今回展示もされているクロスなどが典型例だ。
その後も、メジャーどころはドニ位で、あまり知らない作家が続く。
知らなくとも凄い作家はいるものなので、それ自体は悪くない。
三菱一号館美術館で開催されたイスラエル博物館所蔵品展で「発見」したレッサー・ユリィのような逸材だっている。
「国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック ロシア」のように、全くといってよい程未知の作家ばかりだったのに、名品揃いで驚かされたこともあった。
ただ、今回は大分好みとは違うタイプばかりだったので、どうも惹かれるものがなく残念に感じていた。
そうした中で気になったものとしては、ランソンの何気ない風景を描いた作品。
前景の隅に、画面からはみ出すように松が描かれている。
何だか浮世絵、特に広重の作品を思わせるな、と思ったら、やはりこの人、日本美術ファンなのだとか。広重よりはずっと穏当な作品になってしまってはいるけれど、面影は感じられる。
マンギャンの「ヴィルフランシュの道」は、陽光の輝きがちょっと艶のある画面に溢れていて、思わず惹きつけられた。
また、メッツァンジェは色遣いが派手で面白い。
特に「スフィンクス」は直線を重視した構図と原色そのまま、という感じの単純な色彩がインパクトを創り出している。
いかにもアールデコ、という作風であり、モティーフ選択にもその影響が見られる。
5階、4階とそんな感じでまあ時折それなりに気になる作品には出会いつつも、何となく満たされない思いを感じながら観進めていった。
そしてSOMPO美術館自慢の(なのかは知らんけど)洒落た裏階段を下りて3階に到着した。
驚いた。
これまでのフロアとは一変、見渡す範囲どれも好みのタイプばかり。
どうしたことだ。
スタンラン、という作家も興味深い。
ロートレックやミュシャの影響下にありながら、ちょっとダーガーも入ったような不思議なテイストの作品。
何だか怪しいドラマを感じさせる、
両者が共存する
ボッティーニの個性的な女性画。
イタリア人も女性を魅惑的に描くのが上手い。
ヴァロットン「身繕い」は、この展示では珍しく写実のように緻密に描かれている。
しかし、ただ現実を写し取っている、というのではなく、そこに物語やファンタジーを感じるような仕掛けがみられて面白い。
絵の中で、女性がブラシを両手に持ち正面から見据えている。
その仕草、スマホをみているのとまるで同じポーズなのがまた面白い。まあ、ちょっと方向が違うけれど。
先日のボストン美術館展で認識を改められたアンドレ・ドラン。
今回も一点展示されていた。
これまたアカデミズム・新古典主義かのようなコンサバティブな作風ながら、女性の立体感、量感をしっかりと描き出していて、やはり巧い。
藤田嗣治がパリで初の個展を開催した翌年、まだ典型的な作風にいたる前の1918年に描いた「2人の小さな友だち」。
既に藤田らしさがあちこちに出てはいながらも、まだ到達していない部分もあって、そのギャップが興味深い。
「白の時代」よりも後のユトリロも好きな作家だけに惹かれたけれど、その母親であるヴァラドンの作品はこれまでぱらぱらと数点しか観たことがなく(特にこの20年以上は一度もない模様)、これまた興味深い。
あまり上手いとは言えないけれど。
それにしても、このヴァラドンやマレヴナなど、女性作家の方が色気を感じさせる作品が多いのは妙な感じ。
そして、全体のトリに控えていたのが、愛して止まないキスリング。
4点展示されていた内、3点は2019年に東京都庭園美術館で観た「キスリング展」で既に観ていたけれど、好きなものは何度観たっていい。
特に「ルシヨンの風景」は彼にしては貴重な風景画なので、珍しくうっすらと覚えていた。
時代や画題によって色遣いが異なってはいる。
しかし、どれもどこかしらに赤が入っていて、それが強烈なアクセントになっているし、全体にカラフル、というわけではないのだけれど、美しく感じる。
どことなくぬめっとした質感にも惹かれてしまう。
最後を最高の気分で締められたのは素晴らしい。
おまけに展示されていた、SOMPO美術館(もしくは損害保険ジャパン株式会社)所蔵品も、普段展示される仲間たちだけでなく、ドランの作品などが観られて良かった。
今回の展示はまず作品数も多いとは言えず、残念ながら作家や作品の傾向が好みとは異なっていた。
そのため、何となく物足りない思いで廻っていたら、最後のフロアでいきなり魅せられる作品たちに囲まれる、という事態に。
やはり、展示は実際に観てみないと判らない。
オスカー・ゲーズ氏が1998年に亡くなって以来、この美術館は閉館したままだという。
何かの奇蹟でスイスを訪れることが出来ても、これらの作品を観ることは出来ないわけだ。
そう考えると、とても貴重で有難い機会であったとも言える。