「怪談本」カテゴリーアーカイブ

神沼三平太/恐怖箱 坑怪


 このところ重量級の作品を読んできたので、大分軽く感じてしまう。
 しかし、一つ一つの話を丁寧に書いているので、読み応えはある。とは言え、あまり文章が巧いとは言えないので、かえってまどろっこしいと感じてしまうところもあるのは残念。

 いくつかの話で、どうもしっくりこないことがある。
 まずは「きみだけに愛を」。これは途中で宏の姿がさまざまな人に目撃された、という話があり、確かに怪談なのかもしれない。
 しかし、そのその中心となる幸子さんの告白は、ほとんどが本人の弁だと思われる。その終わりの方の奇妙な展開からすると、どうも本人の精神に大きな問題を抱えてしまっているように思えてならない。そう考えるとこの話は大分違って見えてしまう。

 「笑い面」も鈴木と福島が友人でありながら一人の女と入れ替わりに付き合える、ということにまず驚かされる。そういう人もいるのだろうか。そして最後の彼女のセリフ、「自分も解放される」というのはどういうことなのだろう。この意味もちょっと解せない。

 「それは人には長すぎる」の一家には確かに不幸が続いてはいる。それでも、どの家でも悲しいことを抽出すればそれなりにあるだろうし、曲がりなりにも暮らしは続いていたわけで、それを祟りと断ずるのはどうも強引な印象が強い。あくまでも霊能者がそう言った、ということが、一連の不幸を無理矢理全て結び付けてしまったように思えてならない。

 「蜜柑屋敷」も、あの時点で何故急に「もうお婆さんは駄目」という結論に至ってしまったのか理解出来ない。これは一種の殺人と言える大事であり、ただ重要な働き手を一人解雇した位で実の息子が母の命を奪う決断をこうも易々としてしまうものなのだろうか。 祖母を殺しておいて最後に「お兄ちゃんのことをもっと大事にしてあげれば良かった」などとのうのうと言われても空々しいとしか感じられない。

 「改築」については、良い感じに厭な話で印象に残る。まさかこれが東北地方太平洋沖地震の引き金か、と驚いたら、三十年以上前、とありそうではなさそうだ。
 ただ、作業に入っただけの工務店が社長を含めて命を失っていそうなのに、神部さんは旅館を失っただけ、というのはちょっと釣り合いが取れていないようにも思える。
 あちらは部屋の天井に穴を空けてしまった、という点がいけなかったのだろうか。
 まあ、心霊現象は時としてえらく理不尽なこともあるので、そこを問うてみてもあまり意味はないのかもしれない。

 全体に登場人物、特に語り手の行動や意識にどうも納得出来ないことが多く、今一つすっと入ってこない感じではあった。あまり類例の無い話なども多かったのだけれど。

久田樹生/「超」怖い話ベストセレクション 怪恨


 ベストセレクション、ということなので、ほとんどの話が過去の本からの再録。
 しかし、こちらに記憶力というものが欠落してしまっているため、概ね実に新鮮な気持ちで読めた。嬉しいような悲しいような。

 連作ものはやはり読み応えがある。
 中でも、「四十六」はそのシュールな感じと、一見軽そうな怪異とは裏腹なシビアな事件。内容は重い。
 ただ、姿と声を聞いても必ず悪いことが起きている、ということでも無さそうで、となると因果関係が本当にあるのか無いのか。単に不幸が重なっていく人、というのはいるものだし、人生なんて切り方次第では皆不幸の連続、と捉えることも出来そうだ。
 ただ、最後の解説で語り手の方が既に他界されている、というのを伺うとまた一段と重さは増す。
 「天の檻」で、最後になって急に母親も本人もえらく前向きになってしまうのは妙に違和感がある。何しろそう考える根拠がまるで示されていないので。ただの願望、としか見えない。
 「住まう人」は事の真相も、怪異そのものもここに描かれている以外に中心があるような印象。

 単作では「黒禍」がなかなかに凄い。
 怪異もさることながら、神主の悲劇も強烈。それを一気に払ってしまった「小母さん」という存在も気になるし、その彼女が何故7年後と言っていたのか、その時期に何故来なかったのか、義母の死はそれと関係があるのか、など謎は深まっていく。特に再訪してこなかった理由は気になる。体調を崩したり亡くなってしまったりしたのだろうか。それとも別に理由があるのか。解説を読むともう家を手放してしまったようなので知ることは出来ないだろう。残念だ。

 先にも書いたように元をほとんど(全く)記憶していないので、細かく入れたという手がどこに加わっているのかはまるでぴんとはこなかった。
 でも、最後に加えた解説は、上の感想でも時折書いたように話をより理解したりその後を想像したりするにはもってこいで、嬉しいおまけだ。

 今回の新作、というのはこの手の本ではよくあるように、それ程印象に残る話では無かった。

 最近は知らないけれど、昔は「超」怖い話ファンからぼろくそに書かれていた(2チャン的に)久田樹生、自分としては基本的にどろっとしたものが常に澱んでいるような印象があり、わりと好きな作風ではある。
 ただ、つくね乱蔵や雨宮淳司など程強烈な個性が見えてくるわけでも無いので、もう一つ強く残ってはこないのかもしれない。

黒史郎・黒木あるじ/FKBふたり怪談 伍


 怪談作家二人が著者となって展開するこのシリーズも今回が五作目。
 黒史郎、黒木あるじという名前だけ聞いているとちょっと混同してしまいそうな二名が選ばれた。

 競作ではあっても共作では無く、別にテーマが統一されているというものでも無いので、単純に二人の怪談が並んでいる、ということになる。
 単著ばかりばんばん出せるものでは無い、という書き手・出版社側の事情によるものだろう。

 このところ流行なのか、人の厭な側面が浮かび上がってくるような怪談が多い。しかもそういった作品の方が面白い。

 前半の黒史郎作品でも気になるのは結構その類のもの。
 例えば「文子」などがそうだ。ただ、この話は台湾の人であれば漢字には慣れ親しんでいる筈なのに、文字であることが言われないと判らない、というのはちょっと不審だ。文字らしく見えなかった、とするには書き方が妙だ。
 「ついていい嘘」は何だか不思議な話で、もの悲しいようなちょっと楽しいような、どう反応してよいのか難しいところもある。新鮮で印象に残る話ではあった。
 「しゃんしゃかしゃん」もぞっとする話だ。自分の娘が近い将来に死んでしまうかも、と怖れ続けねばならない不安はどれ程のものだろう。とは言え、実際どうなったかは是非知りたいと思う。薄情と言われようとそれが本音だ。
 ただ、中学生位までだったら子供の頃の顔とそう変わってはいない可能性が高く、そこでもっと驚いてもよさそうなものだ。あるいはオチを強烈にするために、その辺りの情報は敢えて書かなかったのか。また、五歳から中学生までを数年先、と表現するのは違和感がある。
 「独眼キャバクラ」も怪異そのものよりも登場人物の方に興味が湧くタイプの作品。
 ただ、こんな店ちょっと見てみたい気もする。今は結構レベルが高いようだし。
 「カウチポテト」は怪異かどうかも判らないし、二人の会話もその後も何だかしっくりとこない。あるいは何か改変、省略している内容があるのだろうか。でなければちょっと納得がいかない。

 後半の黒木あるじは地域性を活かそうとしたのか、民話的な話が多くなっている。
 「前掛」はそうした地方の持つ負の側面を浮き彫りにしている。
 一見牧歌的でありながら、閉鎖的で濃密な人間関係から生まれるどろどろしたものが見えてくるようだ。怪異はたいしたものでは無いけれど興味深い。
 「村人」は目新しい。果たして怪談なのかどうかも判らないものの、是非体験してみたくなるような話だ。続編を何とか期待したい。
 「墓女」は何とも奇妙な話にも、それを語りながら壊れていく語り手にも非常に興味は惹かれる。
 しかし、彼女が狂っているかどうかは知人との電話一本で確認できることではあるまい。しかも半年も会っていなければ、その間に発症していた、という可能性も充分にある。ここはせめて黒木氏が取材した後に会っている、という話で無ければ成立し得ない。しかも取材時も最初からおかしかったわけでは無いし、もしかするとまだ何も無かっただけかもしれない。旦那さんが数年前に自殺してしまった、という話からしても、それが精神的なストレスを強烈に与え、徐々に(もしくは最近になって)精神の崩壊を来した、ということは不思議ですらない。何だか無理に怪談の方へ誘導していっているような印象を拭えない。

 結局、怪談としてどうなのか、という境界線上にあるような話は意外と面白く感じられたものの、全体としては小粒な話が多かったためか、印象は薄い。