「怪談本」カテゴリーアーカイブ

真説 稲川淳二のすご~く怖い話 消えた家族


  

 
 毎年恒例のこのシリーズ、今回もライブで語られたネタが中心。
 セブンイレブン限定で発売されるDVDで語られている話も幾つか収められている。
 なので、ネタとしては新鮮ではないものも多いけれど、あまり問題では無い。
 彼の語り口をほぼそのまま再現しているため、これを読むことで彼のライブを思い出す便とすることが出来るからだ。

 彼の怪談はほとんど落語のように語りを聴くものなので、通常の怪談とは味わいが大分異なる。
 怪異そのものを捉えてみればそれ程凄いものでは無かったり、よくあるタイプのものであったり、というものも多い。
 それが擬音もうまく取り入れた彼の話芸によって聴き応えのある一品へと変貌してしまうのだ。
 そのため、こうして文章化してしまうと、新鮮な印象はあまり無い。
 それに、やはり往年より怪談の粒自体も小さくなってしまっているように思う。
 以前は一つの話にも怪異が積み重なるように次々と起きたりしたものだったけれど、 そういうものも少なくなった。
 まあ、そうしたネタは彼自身の体験、というのが多かったから、そんな体験をそう頻繁に出来るものではないだろう。

 今回の話の中では、「消えた家族」は妙な話で印象深い。
 先に挙げたように不思議な話がどんどんと繰り出されてくる。しかも、それが繋がっているような全く関係が無いような、何だかちぐはぐで不思議なのだ。
 最後の方で登場する男性はこの話に一体どんな関係があるのだろう。
 最初に聞いた時には消えたご主人かとも思ったのだけれど、そういうわけでも無いようだ。

 そういうわけで、一連の怪談本とはかなり趣の異なるこの本、それはそれで毎年のお楽しみとなっている。
 今年、予約日を忘れてしまってチネチッタのオールナイトライブ申込に挑戦できなかったのが残念。

 

黒木あるじ/FKB怪談実話 屍


 
 
 何だかこのところやたら黒木あるじ氏の怪談を読んでいるような気がしたけれど、振り返ってみると二人ものが一冊あった位で、今年の初め前後に立て続けに出て来たアンソロジーに大抵参加していたためにそんな印象が残ってしまっていたようだ。
 実際のところ、単著は一年ぶりらしい。もっともほぼ同時に角川ホラー文庫から「無惨百物語」の新刊も出していて、それは今注文中で間もなく届く予定。読み次第そちらも感想をアップしたい。

 なかなかしっかりと書かれていて悪くはない。
 ただ、これといった特色があるわけではなく、特別怖かったり不思議というわけでもない。何だか中庸、という感じ。
 怪談にとって、こうした穏やかな印象はあまり好ましいものでは無い。
 やはりどうしても鮮烈な記憶に残るような話を期待してしまうからだ。
 強いて目についたことで言えば、著者が語り手から引きずり込まれるように誘われるネタが幾つかあったな、ということだろうか。
 次第に危険な境界に近付いてしまっているのかもしれない。

 「入居」は二人の人間が同時に目撃している上に、紛れもない物理現象であるところが興味深い。こうした事例では、この時代是非とも写真で記録しておいていただきたい。
 まあ、そうすると今度は勇んで加工してしまう輩が現れてかえってややこしくなってしまうのだろうか。
 瑕疵物件にはやはり住んではいけないのかな、と改めて認識もさせてくれる。

 「触発」も全く同様にかなり大規模な物質移動事件。
 ただ、この映画、おそらく「パラノーマル・アクティビティ」ではないかと思うのだけれど、うちでも見たけれど何事もなかったし、世界中で相当の人間が観ているはずだけれど、おそらくほとんどそんなことは起きていないだろう。起きていたとしたら大騒ぎになっていそうだ。
 だとすると、映画が何かのきっかけにはなったのだとしても、その映画の力、ということは無いのでは。
 誰か(何か)がそこにいて、映画の真似をしてみたくなった、ということなのかもしれない。かなりの力業ではあるけれど。

 「明答」の舞台である美術館・博物館には相当の回数行っているけれど、流石鈍感中の鈍感、全くそんな気配の片鱗すら感じたことはない。こちらが感じなければ、向こうも無視してくれているのなら良いのだけれど。
 語り手の奥さん、なかなかの強者のようだ。

 「母香」の内容自体は時折見られるネタで新鮮味は無い。
 気になるのは、姉弟が家に入ろうとするシーンの描写。
 この焦って台所に駆け込む、という書きぶりだと、まだ火が付いていたように受け取れる。
 だとしたら、かなりの時間経過後でもあり、確実に大変なことになっていただろう。
 あるいは、コンロが自動消火装置付きだった、ということなのだろうか。
 でも、母親を発見して気が動転していたとしても、煙まであげていれば火位は消すよなあ。それどころか救急車などを呼んだのだろうし、煙が出続けていれば誰かが気付きそうなものだ。
 まあ、著者が話を盛り上げようと要らぬ演出を加えてしまっただけなのかもしれないけれど。
 とは言え、辻褄が合わない、というのはその話の信憑性を著しく下げてしまうことになるので、著者たるもの、そこには慎重を期すべきだ。
 そして、そういったいい加減な話を推敲も取捨選択することもなくどんどんと出してくるようなら、その著者の怪談を「実話」とは評価できなくなる。
 読むには価しない、ということだ。
 ま、別に彼の作品にそんな疑義を感じたことはなかったので、これはあくまで一般論ではある。

 「鬼祭」こうした話も結構好き。
 民話調の話を得意とする彼ならでは、といったところか。
 一体何故一か月間子供は居続けたのか、と言うか一体それは何者なのか。
 その話は祭と関係しているのか。
 そもそもこの殺人は何故行なわれ犯人は誰なのか。
 謎ばかりが残る。
 面や衣装の身長は関係ないようにも思えるものの、狭い村では不審な人間もそうはいないだろうし何とも不思議な事件ではある。
 犯人はやはり捕まってはいないのだろうか。

 「衝動」は怪談としてぎりぎりな感はあるものの、ここまで何か流れのようなものが出来てしまったというのは新鮮ではあるし、奇妙な話だ。
 個人的には結構好きなタイプ。

 「写霊」ここでは取材の経緯までじっくりと書き込まれている。冒頭に書いた引き込まれネタの一つである。
 この話自体は実際のところそれ程怖いものではない。著者自身に恐怖が及んだことで、思わず力が入ってしまった、ということなのだろう。
 ただ、この中で言及されている新耳袋の話については、その語り手本人を知っているだけに、それを傑作、名掌編と讃えられると、他人事なのに何だか晴れがましい。
 しかし、最初読んだ時には、これを読み違えてしまった。
 実は新耳袋で紹介された時、語り手は「S君」と表記されていた。
 なので、今回の文中に同じS氏というのが出て来たので、新耳袋の話自体がもっと以前の話と似ている、ということなのかと勘違いしてしまったのである。
 確かに近いネタとしては、稲川淳二がライブで必ず登場させる心霊写真にも向きが変わっている、というものがある。こちらが見始めてからのこの10年程、全く変化はないのだけれど。
 でも何だか話が合わないなと思い、きちんと読み返してようやく今回の語り手もS氏であることに気付いた次第。
ちなみに、ここで著者が語っていることは全くその通り。このブログでの感想でもそうした文句は結構語っているし。

 「骸壁」のように何でもないところなのに事故が続発する場所、というのは各所にあるようだ。本当のところは、簡単には気付かないだけで何か明確な原因があるのでは、という疑いは捨てきれない。
 とは言え、バイクだけが事故る、というのも妙な話。
 しかも事故の痕も発見され、オチとしての後日談まで。まあ、この後日談がなければ、かなり弱くなってしまうだろう。元々そう目新しいネタというわけではないから。
 ただ、こうした場所やすぐ塗り替えられる壁の話などは前例があっても、その当事者と言える方の話、というのはそう聞けないので、貴重な事例ではある。

 感想を書いた作品が比較的多かったように、決して内容が薄いとか未消化、という印象はなく、むしろ丁寧に書かれている、という意味では好感が持てる。
 しかし、冒頭にも記したように、何かこちらに迫ってくるものが足りないのも事実。
 やはり根本の怪異が強烈ではないからだろうか。

 最近、怪談本もちょっと多過ぎるのでは。こうして買う奴がいるから悪いのだろうけれど。 
 
 

川奈まり子・吉澤有貴/怪談実話 二人衆 嫐(うわなり)


 
 
 比較的珍しい女流の二人セット。
 二人とも今は官能作家、ということで、全体に何とも言えない艶めかしさが溢れている。

 川奈まり子の話は皆自分の体験がベースになっている。
 不気味な話は多いものの、怪異に妙な因果関係をつけたがってしまうのは女性らしい特質か。その根拠が結構勘のようなものであったりするから、どうも納得し辛い。

 「老坊守の話」はその雰囲気だけでもおどろおどろしい。
 まるで横溝正史の世界だ。
 ここで語られている中心の話は怪異では無く、昔だからこそあり得た「早過ぎた埋葬」であり、実際怪異と呼べるものはせいぜいコップが綺麗な形に割れていた、位。これにしても偶然の可能性の方が高い。
 とは言え、この話自体は嫌いでは無い。というよりむしろ楽しませてもらった。
 作者が子供の頃話を聞かされているところの佇まい、そしてそこで語られる二重に昔物語の情景が、セピアに色付いているような若干時代がかった語り口を含め見事に描き出されているからだと思う。
 彼女の作風はこうしたものにぴたりと嵌まっているようだ。
 この調子でもう少し本格的な怪談が書かれればより面白くなりそうな気がする。
 最後に自分の血筋について書かれている段は、他人にとっては全くどうでも良い内容であり、蛇足に感じた。

 吉澤有貴の方は取材もの。
 しかし、こちらも女性らしい、と言うか怪異そのものよりそこに登場する人間の方が強烈なものも多い。業の深さを感じさせるような。
 官能小説家ならではなのかな、とも思ってみたものの、思い返してみれば岩井志麻子や立原透耶なども同じ傾向だし、女性は視点がどうしてもそちらに向いてしまうのだろうか。

 「婆二人」の主人公はまあ物凄い。まさに「業」の塊。その迫力だけで読み応えがある。
 ただ、怪異としては弱い、というよりただの幻覚と判断することも可能なもの。怪談としては残念な気もする。オチはなかなか面白い。

「スナック奇譚」でも怪異自体は呆気ない位のもの。
 でも、その原因譚はかなり凄い。描写も平山夢明に負けていない鋭さで、しかも流石と言うべきか官能的な臭いもして、決して美しい女性が出てくるどころかその対極でしかないのに、何だか興奮させられてしまうところがある。

 「妻の器」では最初の一回は確かに不思議ではある。
 しかし、その後は彼女の脳内だけの話、となるとそれは怪談とは言えないだろう。
 最初の一回にしても、何らかの理由で彼女が間違って器を出してしまった(既に何かしらの脳内異常があったのかも)のかもしれないし、それによって何かのスイッチが入ってしまった可能性もある。
 いずれにせよ、怪談としては成立していない。
 けれど、この話もそれ自体は人間の感情を実に見事に表しているように思われ、味わい深い。

 「五十万の女」のこんな男、本当にいるのだろうか。
 あまりに酷過ぎないか。恋は盲目、だったとしても、だ。元々恋、というわけでも無いようだし。

 二人とも「怪異」という基準で見たらとても及第点を与えられるものでは無く、怖い話を読む醍醐味はほとんど味わえない。
 その一方で、そこに描かれている人間はどれも実に興味深く、その心理変化、壊れていく様を目の当たりにすると話にどんどんと惹き込まれてしまう。

 出来ればもう少し怪異そのものの質を上げる方向でより磨いていってくれれば、これまでに無い新しい怪談の世界が拡がっていくように思われる。
 なかなか新鮮ではあった。