黒史郎・黒木あるじ/FKBふたり怪談 伍


 怪談作家二人が著者となって展開するこのシリーズも今回が五作目。
 黒史郎、黒木あるじという名前だけ聞いているとちょっと混同してしまいそうな二名が選ばれた。

 競作ではあっても共作では無く、別にテーマが統一されているというものでも無いので、単純に二人の怪談が並んでいる、ということになる。
 単著ばかりばんばん出せるものでは無い、という書き手・出版社側の事情によるものだろう。

 このところ流行なのか、人の厭な側面が浮かび上がってくるような怪談が多い。しかもそういった作品の方が面白い。

 前半の黒史郎作品でも気になるのは結構その類のもの。
 例えば「文子」などがそうだ。ただ、この話は台湾の人であれば漢字には慣れ親しんでいる筈なのに、文字であることが言われないと判らない、というのはちょっと不審だ。文字らしく見えなかった、とするには書き方が妙だ。
 「ついていい嘘」は何だか不思議な話で、もの悲しいようなちょっと楽しいような、どう反応してよいのか難しいところもある。新鮮で印象に残る話ではあった。
 「しゃんしゃかしゃん」もぞっとする話だ。自分の娘が近い将来に死んでしまうかも、と怖れ続けねばならない不安はどれ程のものだろう。とは言え、実際どうなったかは是非知りたいと思う。薄情と言われようとそれが本音だ。
 ただ、中学生位までだったら子供の頃の顔とそう変わってはいない可能性が高く、そこでもっと驚いてもよさそうなものだ。あるいはオチを強烈にするために、その辺りの情報は敢えて書かなかったのか。また、五歳から中学生までを数年先、と表現するのは違和感がある。
 「独眼キャバクラ」も怪異そのものよりも登場人物の方に興味が湧くタイプの作品。
 ただ、こんな店ちょっと見てみたい気もする。今は結構レベルが高いようだし。
 「カウチポテト」は怪異かどうかも判らないし、二人の会話もその後も何だかしっくりとこない。あるいは何か改変、省略している内容があるのだろうか。でなければちょっと納得がいかない。

 後半の黒木あるじは地域性を活かそうとしたのか、民話的な話が多くなっている。
 「前掛」はそうした地方の持つ負の側面を浮き彫りにしている。
 一見牧歌的でありながら、閉鎖的で濃密な人間関係から生まれるどろどろしたものが見えてくるようだ。怪異はたいしたものでは無いけれど興味深い。
 「村人」は目新しい。果たして怪談なのかどうかも判らないものの、是非体験してみたくなるような話だ。続編を何とか期待したい。
 「墓女」は何とも奇妙な話にも、それを語りながら壊れていく語り手にも非常に興味は惹かれる。
 しかし、彼女が狂っているかどうかは知人との電話一本で確認できることではあるまい。しかも半年も会っていなければ、その間に発症していた、という可能性も充分にある。ここはせめて黒木氏が取材した後に会っている、という話で無ければ成立し得ない。しかも取材時も最初からおかしかったわけでは無いし、もしかするとまだ何も無かっただけかもしれない。旦那さんが数年前に自殺してしまった、という話からしても、それが精神的なストレスを強烈に与え、徐々に(もしくは最近になって)精神の崩壊を来した、ということは不思議ですらない。何だか無理に怪談の方へ誘導していっているような印象を拭えない。

 結局、怪談としてどうなのか、という境界線上にあるような話は意外と面白く感じられたものの、全体としては小粒な話が多かったためか、印象は薄い。

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