加藤 一/「極」怖い話 災時記


 
 
 看板に偽りありで、ちっとも怖くない。まるで「極」の要素は感じられなかった。

 作者もまえがきで、今回は「気配の恐怖」を集めたかった、としているのでその覚悟はしていたものの、想像し許容できる限界まで譲ってみても、やはり怖く無さ過ぎ。
 怖くなくとも不思議な話であったり妖怪譚であったりというのなら救いがあるけれど、別にそういうわけでも無く、単純に話が薄い。
 最早まともな話が集められずその言い訳をしているだけでは、と勘繰りたくなる位だ。 

 「克ちゃん、いるの?」はいる筈の無い家族の気配がする、というよくある話ながら、部屋を開けたら霧が見えた、というのはちょっと不思議。
 克ちゃん、特に何も言及されていないところをみると、別に何事もなかったのだろうか。

 「どすんどすん」にしてもネタ的には全く新鮮味無し。ただ、語り手と霊との関係が薄そう、というのと、何より行動の無意味さは面白い。謝ってまですることか。
 霊になった人から一方的に好かれていた、という可能性はあるにしても。

 「肩車」のように「何か」が見えるとその後急死してしまう、という話も目新しいものでは無い。
 とは言え、この「野球帽をかぶった子供」があちこちで見られる、という点は奇妙ではある。

 「店長の後に付いていく」のような時空の歪みとも考えられるような話は好みだ。これはこれで類例がありそうな話ではあるけれど。

 「渦巻きの向こう側」も似たような異世界譚。こちらの方がイメージされる映像含め、シュール感はより強くこの本の話の中では一番怖い方。「るみ子ちゃん」一体誰なのだろう。

 「江古田怪談・乱闘編」の舞台、江古田は生まれて間もなくから10年程住んだ場所の近くなので、何だか懐かしい。とは言え、住んでいたのは大分西武新宿線に近い方だったので、子供の頃江古田駅周辺にいったことはほとんど無い。なので、あくまでも懐かしい雰囲気だけ。
 加藤氏の話に時折登場する「結核療養所」は家にも程近く、確か学校からも遠くなかったので何回か行ったり忍び込んだりした記憶がある。
 話も不可解で興味深い。明快な怪談、というわけでは無いのだけれど、裏に何か隠されているような気味の悪さもあり、印象に残る話ではあった。

 「松と不始末」この話が本当なら、やはり神田明神に行くことは出来ない。
 一応我が一族の先祖は「俵藤太秀郷」正確には藤原秀郷、ということになっている。「風と雲と虹と」では露口茂が演じた人間だ。古過ぎるか。
 これが判る方であればすぐに察しは付こう。
 そう、この下野押領使藤原秀郷が倒した相手こそ平将門なのだ。
 なので、それを意識して以来、神田明神にも首塚にも行ったことが無い。
 大手町辺りを通ることは時折あるものの、幸いに偶然その前を通過して、ということも今のところ無い。うまく避けているのだろうか。
 神田明神は建物が登録文化財でもあり、一度行ってみたい気はしているものの、それで何かあっては元も子もなし、未だに踏ん切りは付かない。

 「揺れる」の語り手は、幾ら怖かったからとは言え、祖母を見殺しにしてしまうというのは酷い。何も無かったから良かったようなものの。すぐに再度訪問していないのも薄情なものだ。

 感想を書けそうな話をピックアップしようとしてもあまり引っかかってはこない。
 元々彼の怪談は怖くないことが多かったとは言えあまりに寂しい。
 往年の因縁譚のような密度の濃い話をまた是非読ませてもらいたいものだ。

 
 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です