我妻俊樹/奇々耳草紙 呪詛


 
 
 わずか半年でもう続編を出してきたことにまず吃驚。
 しかも、今回も奇妙奇天烈。
 新鮮で印象に残る話が山盛りだった。ちょっとでも気になる話を挙げていたらほとんど全部になってしまうので、特に後になる程相当に絞り込んでのチョイスとなっている。

 冒頭の「テレビを見ていた」からして何だこれは。
 葬儀場で働く自分の姿をテレビで見せられるなど、およそ経験したくない出来事だ。
 位置の説明などからすると、霊の視点から見た風景、ということなのだろうか。

 続いての「花柄」もその光景を想像すると思わず笑えてしまう。
 しかし、相手の呟く一言はよく意味は判らないものの空恐ろしい。しかも語り手も同じ目に遭ってしまっているかも、というオチまで。本当に「みんないずれこうなってしまう」のだろうか。

 さらに連続で「抱っこ」。
 霊より何より相手が浮き上がってしまう、というとんでもない現象と、それを体験しながら本人が気付いていないというのが驚き。

 「死ぬ前」は、家族による予言、因縁話のようでいて妙にねじれた話になってしまっているのがやはり我妻怪談らしい。
 最後のエピソードと繋がっているとは言っても、兄が鏡を割る原因とは直接関係なさそうだし、第一それがあっても結局「さえぐさ」には出会ってしまっている。
 とは言え、DVに逢わずに済んだ、というのは、語り手が兄に感謝して良いところだろう。

 「半月」はとびきり奇妙。
 自分たちだけが感じた二度の地震、その原因が月が異常に接近したことなど、最早理解不能だ。
 しかし、一人なら寝恍けたのだろう、で済ませられなくは無いものの、ここでは夫婦(予備軍)二人が一緒に体験している。夢や勘違いではあり得ない話だ。
 それによって性欲が異常に昂進した、というのも気になるところ。それからしても夢では無さそうだ。

 「父の時計」では、それぞれのパーツがどうにも組み合わない。
 ただ、その噛み合わ無さまで含めて何とも不気味で印象に残る。
 稲川怪談に時折有るパターンとも言える。
 中でもやはり母親が何故どのように死んでしまったのか、その真相はもう永遠の闇の中とは判っていても、何とか知りたくなるところ。

 「銘菓のつぶやき」菓子を食べると声が聞こえてくる、というのも不思議。
 しかも別人でも再現性があるのに、聞こえてくる言葉は違う。
 奇怪な話が多いのに説得性が高いのは、このように客観性のある体験であることが多い、ということもあろう。

 「炎昼」仲間を引き寄せたり、物を持っていって罰が当たる、というような話は既知ながら、逆に物を持っていかせる怪異、というのは聞いたことがない。
 どんな理由によるのだろう。目茶穿ってみれば、持っていかせてそれを理由に罰を当てる、ということも考えられなくは無いものの、そのわりにはすぐ気付いて戻してしまうからそれもうまくいってはいない。彼以外からは読めそうに無い特異なネタだ。

 「柿の葉」もおよそ訳が判らない。
 お隣の人の鼻だけが落葉の裏にくっついている(ように思えた)のは一体何故なのだろう。ねじが消えてしまったのも不思議。とは言え、落葉の中では見つからない、ということもあり得そうではあるけれど。

 「山羊に見られて」この話も一人の体験では無いので、勘違いや精神の問題、というわけでは無い。
 しかもおよそ理解不能でなお且つ相当に不気味な話。いわゆる霊よりも怖い。
 駐車場の車に皆山羊が乗っている、という事態など、常識的にはあり得ない。
 たまたま山羊を見かけただけでその後こんな目に遭うとは。

 「赤い風船」の珍妙さは際立っている。
 語り手の記憶と、その時の「事実」とは大きく食い違っている。
 精神的なトラブル、と思えなくも無いものの、そうすると語られていることと事実との妙な符合や、何故か集まってきた子どもたち、という不可解な事象も気になってくる。
 これが一体何であるのかが全く判らない、という点も我妻怪談らしい。

 「足を落とす」は超常現象と言える話。
 しかしここでも語り手と奥さん、という二人の遭遇者がいて、物理的な証拠まである。疑いようが無い。
 空間を超えて繋がってしまうとしても、その先が自分の自宅としては偶然にしても出来過ぎの感がある。何かの意思が無理矢理に結び付けてしまったのだろうか。

 「おまわりさんだよ」については、語り手とおまわりさんの双方がおかしい、と考えることも出来る。
 ただ、そこまでいかれた警官が普通に勤務できているとは思えないのも確か。
 一番判らないのは二度目に遭遇した後の語り手の状況や心理。これも語り手の心に問題があるように思える要因ではある。

 「ペット霊園」もまた不思議な現象の連鎖、である。
 それぞれは凄いとか恐ろしい、というものでも無いのに、それが重なっていくにつれむしろ日常を離れ怪奇譚へと足を踏み入れていってしまう。何だか妙だとは思っても、それを確かめる術もなく、何か思い当たる原因もない。
 でも、こんな目に直面したら空恐ろしいこと限りない。
 不条理系の極地とも言える素晴らしい逸品。

 「おねがい」で問題になっているキャラクターは何なのだろう。
 ディズニーが版権に五月蝿い、というのは有名な話なので、やはりそこだろうか。
 ただ、法的手段に訴えられるよりもこうした仕打ちの方がダメージはでかい。
 これはやはりかの会社が魔術師、陰陽師的なものを使役している、ということなのか。それとも、キャラクター自身の怒りが直接ぶつけられてきたのか。

 「上陸者」は溺死者の霊というよくある話かと思いきや、突如半魚人の侵略へと話が転換しびっくり。
 老婆の「所詮は井の中の蛙の浅知恵だからな」という台詞に痺れた。一度言ってみたい。
 最後の段からすると、変身に失敗した魚は何故か畸形化してしまうのだろうか。

 「釜飯」は先の「ペット霊園」とも通ずるような、不条理譚。
 訪ねてくる人々は一体どうしてそうした行動をとってしまうのだろう。
 何かに操られているのか、それとも全く違う要因なのか。何しろ因果も原因も全く不明なので、その辺りを推測する手掛かりすら微塵も無い。
 余計に気になること限りない。

 「魚はない」は時代も古く、何だか民話のような、著者らしくない一品。黒木あるじなら自然か。
 ただ、彼が書いているせいか、重く奇妙な感じは強い。
 民話のようとは言っても何かに似ているとか聞き覚えがある、というものではなく、全く聴いたことの無いエピソードで興味深い。

 「歯医者へ」はまるで悪夢かカフカの小説のよう。
 語り手の精神の問題と片付けてしまうことが出来る気はするものの、この話から得られるイメージの特異さは、そうした疑念などどうでも良いものと思わせてくれる。
 不条理小説の卵を披露してもらったような気分がする。
 好きな話だ。

 「漫画を捨てる」も掉尾を飾るに相応しい力作。
 珍しく霊的な存在がしっかりと(但し生霊)出ては来るものの、本筋はそこにはない。
 何しろ捻れてしまった成り行きは、一体何がどうしてそうなったのかまるで判らないまま、というのは我妻怪談の定石通り。
 と言っても、この謎は、姉とこのホラー漫画との関わりが明かされれば解けそうな気はする。そんな時は来ないとも思うのだけれど。

 かなり絞ったとは言っても相当な数になってしまった。
 ボリュームの短いものが多く、拾録数自体多くなっているのも原因の一つだ。
 彼の書く話は、恐怖で怖い、というよりも、自分の持つ常識や日常感覚を脅かされ、平衡感覚を失っていくような、今ある現実を疑わざるを得ない、という不安を増幅していくような、厭な汗をかくタイプの怖さを感じる。
 個人的には一番好みであることは間違いない。
 今後も精一杯期待したい。

鈴堂雲雀・三雲 央・高田公太/恐怖箱 憑依


 
 
 これは既に結構読んで来た手練れの三人衆。
 どちらかと言うと一つ一つの話は長く、じっくりと語り込んでいる。

 「特技」鏡に姿が映らなくなる、という話は初めてでは無いものの、それを誰でも確認できる、というのは貴重だ。
 現状これだけなので安心しているようだけれど、こうした類のものは次第にエスカレートしていくケースも多い。いつまでも安心安全、とは限らないだろう。

 「オールドジャージ」確かにまずどれだけ新しそうだからといってゴミ捨て場にあるジャージを拾ってくる、ということ自体がおかしい。
 しかもそれはぼろぼろの使い古しが何故か新品に見えてしまっていた、という。
 生命に対する執着がジャージに宿ってしまい、人を引き寄せる吸引力を持ってしまったのかもしれない。それでどうなる、というものでも無いのに。
 ただ、奥さんの部屋に現われた状況、というのは逆になっていてこれまた奇妙。
 そこにいたのが本当に語り手だったのかなど謎は膨らむ。でも旦那さんの顔や風貌は間違えないだろうしなあ。

 「♪なぁ~ったげな、なったげな」題名の入力が面倒臭い。
 明確な怪異、というのはそれ程無いのだけれど、何だか恐ろしい。
 語り手夫婦の置かれていた状況自体が特殊で暗さを感じさせるので、それに拠るところもあるだろう。
 読後感が何とも寂しいのも印象的だ。

 「焼敗」体験者の仕事的に身につまされるものがある。
 現象としては何だかコミカルでもあるものの、こんなことをされては溜まらない。
 こうした事件では、この盾の由来がどうしても知りたくはなる。
 ただ、この話の成り行きでは、もう真相に辿り着くことは不可能、と言わざるを得ない。残念だ。

 「繋がる先は」怪異よりも、まず今の若者のあまりに厳しい労働環境が悲惨でならない。 この黒い靄とは一体何なのか。どうやら新興宗教絡みらしい、という推測は出来るものの、その正体も目的も分からない。
 それが語り手のところに来ていたのも不思議だし、他の友人のように急死するでもなく体調が悪くなるだけ、というのも妙ではある。
 そういった齟齬が気になり、ちょっと居心地が悪い話でもあった。 

 「待っている」のような話は大好物。
 この水溜まりはどこに繋がっているのだろうか。
 しかも、意思を持って飲み込むような様子を見せたり、「カッちゃん」の靴を少しずつ吐き出したり、とただどこか別の空間・世界に繋がっているだけの存在でも無さそうだ。
 妖怪のようなものなのだろうか。

 「秘めたる想い」確かに恨みを晴らすなら、一番は生かさず殺さず、長い時間辛い思いをさせた方がより効果的だ。流石判ってらっしゃる。
 ただ、いじめを止めるのは簡単だろうけれど、それを起こさせるのはどうやっているのだろう。

 「狂依存」生きているうちも死んでからも酷い仕打ちを与え続ける親。あまりに惨い。 虐待やDVなどを受けていた人が後に自分でもその加害者になってしまったり、同じような相手を選んでしまう、という話は良く聞くけれど、その理由としてこうしたこともあるのではないか、と思わせてしまうような生々しい印象があった。

 「兆し」では、代々あったという脇指が、何故この時急に行動を起こし始めたのか。
 しかも、手放そうとした両親の死はともかく、購入してきた叔父夫婦やその後持っていってしまった親戚など、その後は所持するだけで間もなく命を落としてしまう。
 逆に狙われている、という語り手には大事はなく叔父夫婦の家では傍らに衝き立つことも無い。
 どうも怪異が不可解で辻褄が合わない。厭な話であり読み応えはあったものの、どうももやもやするものも残ってしまった。

 元々執筆本数が多いとは言え、こうして挙げたものを確認すると、ほとんどが鈴堂雲雀作。ちょっと理に適わないところはあっても、久田樹生流の重い話を集める力はたいしたものだ。後半、どんどんとこちらの心まで深い水底に澱んでいくかのような沈みっぷりであった。
 同じ三人合作ながら、「怨呪」とは読後感が全く別物。これなら金を出しただけの甲斐はある。