つくね乱蔵・橘 百花・雨宮淳司/恐怖箱 仏法僧


 
 
 かなり好みの怪談作家、つくね乱蔵に雨宮淳司。
 この二人が参加しているだけあって、なかなかに読み応えもあり面白い話が多かった。

 冒頭の「猫を燃やす」からして凄い。
 事件そのものが何とも厭な話であり、その因果も結末も救いが無い。話を聞いただけの語り手ら二人が助かったようなのが何よりだ。

 「溶けた人形」は奇妙な話だ。
 ある特定の特徴を持った人が店に近付くと現われる不気味な人形。映像的で何とも不気味だ。
 ただ、確実に繰り返し起きている現象なようだし、店主はその特徴も把握している様子。
 だとすると、語り手に話しかけた時点で気付かなかったのだろうか。
 状況的に、向きによっては見えなかったということもあり得るだろう。そこは、きちんと確認しておいて欲しかったところ。

 「捨てる」も何気ない話のようで、重い結末を迎えてしまう。流石つくね乱蔵。
 何となく想像できないでも無いとは言え、やはりこの原因、というのは探りたくて堪らなくなる。そこは是非突っ込んで欲しかった。雨宮淳司ならそうしたのでは。

 「家族写真」で語られている詩織という女性が一体何を考えているのか。その何とも不思議な行動と共に考えると空恐ろしくなる。
 しかもはっきりとはしないものの結構妙なことも起きているようだ。
 語り手の決心が実に妥当なものだとは思いつつ、何とかもっと真相に迫って欲しかった、という勝手な思いも拭い去れない。

 「喰らいあう」これまたつくね乱蔵らしい話。怪談と言うよりこの家族それぞれの行動自体がおぞましい。

 「骨折り損」これも何とも理不尽な話で厭な印象しか残らない。最悪なオチを含めつくね乱蔵の真骨頂だ。
 このように何故こんなことに、となってしまうような話も多い。
 霊やら遺体やらとどのように接したら良いのか、何とも判断に迷う。

 「かまぼこ」この話も、理不尽とまでは言えないにしても、しでかした側の過失に対して報復があまりに過剰では。否、無論言われた側からすると許し難い、ということなのだろうけれど。
 心霊現象が実在するとしても、それ自体が通常の因果からは外れた存在である以上、こちらの事情など関係ないのだろう。
 何らかの感情が暴発した状態なのかもしれない。
 但し、この話、冒頭に大きな嘘がある。
 「高校二年生の頃からしばらく付き合っていた」とあるけれど、結末の文章からすると、未だ順調にお付き合いしているようではないか。
 こうした事件に遭って別れてしまったという話が多い中、この語り手は素晴らしいとは思う。
 しかし、作者がわざわざ冒頭でミスリードする必要も感じられないので、何とも妙な印象だけが残ってしまった。単なる間違いだろうか。

 「靈ガ云フ」の内容は何だか出来過ぎの感があり、あまりにドラマ風でしかも何となく予想できてしまうところまでいかにも創作風で、ちょっと俄には信じ難い。まるで「世にも奇妙な物語」の一編のようだ。
 しかし、何とも奇妙な話には違いない。
 本当にドラマを観ているようにストーリーが映像として思い浮かんでくる。
 面白いこともまた確かである。
 この先の部分こそむしろ聴きたいところだったので、そこが聞けず終いだったのは何とも残念。
 この終わり方もむしろ小説やドラマ風なのがなあ。

 「内緒の話」これも凄い。
 しかも本当にその書面が手元にあるというなら一大事だ。
 絶対読んではいけないものであることは間違いないのだけれど、怪談作家としてこれを本当に開けずにいられるものなのか。
 今後が楽しみではある。
 ただ、こうしたストーリー自体、かの「青ひげ」から始まって民話や創作物で繰り返し描かれてきた内容ではあり、その構造に目新しさはない。
 でも、患者さん達がどこでどのようにその話を覚えてしまうのか、覚えると何故死んでしまうのか、解明されていない謎は多い。気になって仕方ない。

 こうして挙げてみると、やはり大半がつくね作品、一部が雨宮氏、という感じ。
 橘氏の作品もいくつかはあまりに平凡なものではあったけれど、「代々」などは何とも不思議な話ではあった。ただ、妙な雰囲気はあれど肝心の怪異というのが全くたいしたものはないので(怪我や病気もそうだとしても、そこは因果も証明も出来ないレベルでしかない)、評価するまではいかなかった。
 他の話も、何だか人間関係がややこしかったり変わった印象のものが多かった。

 まずは、好きな作家の面白い作品をそれなりに読めて満足は出来た。ごちそうさま、といったところだ。
 
 

加藤 一/怪決 -暗闇人生相談所-


 
 
 まるで怪談社のような妙な演出が付いて中身が薄められてしまっているな、と思いつつ読み進めていった。
 怪談自体はなかなか面白く、加藤一怪談としては前回よりかなり良いではないの、と思いながら最後の頁までいって驚いた。
 収録されている怪談は皆再録だったのだ。しかも、この手のベスト版によくあるように、何編か新作の短編を入れる、ということもしていないようだ。
 道理で薄くて安い筈だ。
 ただ、そうしたケースでは、その新作というのが大抵毒にも薬にもならない他愛も無い話であることが多いので、かえって良心的なのかも。
 きちんとそう謳っていれば、の話だが。今回は何とも質が悪いとしか言いようがない。どうもこのところこの著者の印象は悪くなるばかりだ。

 そのわりに、ほとんど既視感が無かった。とても新鮮に読めたと言ってもよい。
 何とも情けない。
 言わばベスト版なのだから、面白い話が多くても当然だ。

 「おりて」の体験者の顔が醜く崩れてしまった挙げ句何事も無かったように戻ってしまう、というような強烈な体験はなかなかのものだ。

 「突き抜けた話」も同様に凄い。しかも何か偶然や勘違いの入り込む余地がほとんど無い。この話自体が虚言で無ければ。
 この話は流石に幽かに覚えていたものの、類話なのかと気にはしていなかった。

 「瞬間移動」も同時に何人もの人間が遭遇している、ということでは興味深い。
 しかし、何かの前兆や原因も特定できず、何故そんなことがいきなり起きたのか、この現象は一体何であるのか、謎は深い。

 「蒼天を駆る」の情景を思い浮かべると何とも清々しい。やはりこれは神霊の類なのだろうか。

 「テレビ泥棒」のような現象を目撃したら、自分でも夢だと思って疑わないだろう。
 小人、というのは話としては多いものの、どうにも納得の難しいネタであるのは間違いない。
 しかし、ここでははっきりとした証拠があり、しかも人為的なものとは考え難い。
 考えさせられてしまう事例であると言える。

 「もう一匹いる」の場合も、きちんと意図されて別の人間の目で検証された出来事。
 ただ、何故血痕だけが大量に残されたのかは不思議としか言いようが無い。

 「方法とその効果について」呪いは掛けた側にも返ってくる、という話も良く聞くけれど、ここではどうもそのバランスはあまり釣り合っているようには見えない。
 とは言え、彼の心そのものが既に彼方に行ってしまっている感じもするし、物理的な報いもこれからさらに来るのかもしれない。
 どちらにせよ、彼自身これからあまり幸福になれそうな印象は無い。

 最初にも書いたように、各章の最初と最後にある文章はあまりにインチキ臭い上に、無理矢理まとめるため、量を増やすための水増しのためなどでは、と勘繰ってしまう程余計にしか感じられない。
 もっとも、インチキ臭さ、というのは敢えて狙った印象なのかもしれない。そういう相談所、ということで。
 さらに言えば、最終頁の出典はかなり濃いグレーで斑の地に小さく淡い色の活字、嫌がらせのようにほとんど読み取れない。
 何か読まれては困る事情でもあるのだろうか。
 
 

真説 稲川淳二のすご~く怖い話 消えた家族


  

 
 毎年恒例のこのシリーズ、今回もライブで語られたネタが中心。
 セブンイレブン限定で発売されるDVDで語られている話も幾つか収められている。
 なので、ネタとしては新鮮ではないものも多いけれど、あまり問題では無い。
 彼の語り口をほぼそのまま再現しているため、これを読むことで彼のライブを思い出す便とすることが出来るからだ。

 彼の怪談はほとんど落語のように語りを聴くものなので、通常の怪談とは味わいが大分異なる。
 怪異そのものを捉えてみればそれ程凄いものでは無かったり、よくあるタイプのものであったり、というものも多い。
 それが擬音もうまく取り入れた彼の話芸によって聴き応えのある一品へと変貌してしまうのだ。
 そのため、こうして文章化してしまうと、新鮮な印象はあまり無い。
 それに、やはり往年より怪談の粒自体も小さくなってしまっているように思う。
 以前は一つの話にも怪異が積み重なるように次々と起きたりしたものだったけれど、 そういうものも少なくなった。
 まあ、そうしたネタは彼自身の体験、というのが多かったから、そんな体験をそう頻繁に出来るものではないだろう。

 今回の話の中では、「消えた家族」は妙な話で印象深い。
 先に挙げたように不思議な話がどんどんと繰り出されてくる。しかも、それが繋がっているような全く関係が無いような、何だかちぐはぐで不思議なのだ。
 最後の方で登場する男性はこの話に一体どんな関係があるのだろう。
 最初に聞いた時には消えたご主人かとも思ったのだけれど、そういうわけでも無いようだ。

 そういうわけで、一連の怪談本とはかなり趣の異なるこの本、それはそれで毎年のお楽しみとなっている。
 今年、予約日を忘れてしまってチネチッタのオールナイトライブ申込に挑戦できなかったのが残念。