川奈まり子・吉澤有貴/怪談実話 二人衆 嫐(うわなり)


 
 
 比較的珍しい女流の二人セット。
 二人とも今は官能作家、ということで、全体に何とも言えない艶めかしさが溢れている。

 川奈まり子の話は皆自分の体験がベースになっている。
 不気味な話は多いものの、怪異に妙な因果関係をつけたがってしまうのは女性らしい特質か。その根拠が結構勘のようなものであったりするから、どうも納得し辛い。

 「老坊守の話」はその雰囲気だけでもおどろおどろしい。
 まるで横溝正史の世界だ。
 ここで語られている中心の話は怪異では無く、昔だからこそあり得た「早過ぎた埋葬」であり、実際怪異と呼べるものはせいぜいコップが綺麗な形に割れていた、位。これにしても偶然の可能性の方が高い。
 とは言え、この話自体は嫌いでは無い。というよりむしろ楽しませてもらった。
 作者が子供の頃話を聞かされているところの佇まい、そしてそこで語られる二重に昔物語の情景が、セピアに色付いているような若干時代がかった語り口を含め見事に描き出されているからだと思う。
 彼女の作風はこうしたものにぴたりと嵌まっているようだ。
 この調子でもう少し本格的な怪談が書かれればより面白くなりそうな気がする。
 最後に自分の血筋について書かれている段は、他人にとっては全くどうでも良い内容であり、蛇足に感じた。

 吉澤有貴の方は取材もの。
 しかし、こちらも女性らしい、と言うか怪異そのものよりそこに登場する人間の方が強烈なものも多い。業の深さを感じさせるような。
 官能小説家ならではなのかな、とも思ってみたものの、思い返してみれば岩井志麻子や立原透耶なども同じ傾向だし、女性は視点がどうしてもそちらに向いてしまうのだろうか。

 「婆二人」の主人公はまあ物凄い。まさに「業」の塊。その迫力だけで読み応えがある。
 ただ、怪異としては弱い、というよりただの幻覚と判断することも可能なもの。怪談としては残念な気もする。オチはなかなか面白い。

「スナック奇譚」でも怪異自体は呆気ない位のもの。
 でも、その原因譚はかなり凄い。描写も平山夢明に負けていない鋭さで、しかも流石と言うべきか官能的な臭いもして、決して美しい女性が出てくるどころかその対極でしかないのに、何だか興奮させられてしまうところがある。

 「妻の器」では最初の一回は確かに不思議ではある。
 しかし、その後は彼女の脳内だけの話、となるとそれは怪談とは言えないだろう。
 最初の一回にしても、何らかの理由で彼女が間違って器を出してしまった(既に何かしらの脳内異常があったのかも)のかもしれないし、それによって何かのスイッチが入ってしまった可能性もある。
 いずれにせよ、怪談としては成立していない。
 けれど、この話もそれ自体は人間の感情を実に見事に表しているように思われ、味わい深い。

 「五十万の女」のこんな男、本当にいるのだろうか。
 あまりに酷過ぎないか。恋は盲目、だったとしても、だ。元々恋、というわけでも無いようだし。

 二人とも「怪異」という基準で見たらとても及第点を与えられるものでは無く、怖い話を読む醍醐味はほとんど味わえない。
 その一方で、そこに描かれている人間はどれも実に興味深く、その心理変化、壊れていく様を目の当たりにすると話にどんどんと惹き込まれてしまう。

 出来ればもう少し怪異そのものの質を上げる方向でより磨いていってくれれば、これまでに無い新しい怪談の世界が拡がっていくように思われる。
 なかなか新鮮ではあった。 
 
 
 

加藤 一/「極」怖い話 災時記


 
 
 看板に偽りありで、ちっとも怖くない。まるで「極」の要素は感じられなかった。

 作者もまえがきで、今回は「気配の恐怖」を集めたかった、としているのでその覚悟はしていたものの、想像し許容できる限界まで譲ってみても、やはり怖く無さ過ぎ。
 怖くなくとも不思議な話であったり妖怪譚であったりというのなら救いがあるけれど、別にそういうわけでも無く、単純に話が薄い。
 最早まともな話が集められずその言い訳をしているだけでは、と勘繰りたくなる位だ。 

 「克ちゃん、いるの?」はいる筈の無い家族の気配がする、というよくある話ながら、部屋を開けたら霧が見えた、というのはちょっと不思議。
 克ちゃん、特に何も言及されていないところをみると、別に何事もなかったのだろうか。

 「どすんどすん」にしてもネタ的には全く新鮮味無し。ただ、語り手と霊との関係が薄そう、というのと、何より行動の無意味さは面白い。謝ってまですることか。
 霊になった人から一方的に好かれていた、という可能性はあるにしても。

 「肩車」のように「何か」が見えるとその後急死してしまう、という話も目新しいものでは無い。
 とは言え、この「野球帽をかぶった子供」があちこちで見られる、という点は奇妙ではある。

 「店長の後に付いていく」のような時空の歪みとも考えられるような話は好みだ。これはこれで類例がありそうな話ではあるけれど。

 「渦巻きの向こう側」も似たような異世界譚。こちらの方がイメージされる映像含め、シュール感はより強くこの本の話の中では一番怖い方。「るみ子ちゃん」一体誰なのだろう。

 「江古田怪談・乱闘編」の舞台、江古田は生まれて間もなくから10年程住んだ場所の近くなので、何だか懐かしい。とは言え、住んでいたのは大分西武新宿線に近い方だったので、子供の頃江古田駅周辺にいったことはほとんど無い。なので、あくまでも懐かしい雰囲気だけ。
 加藤氏の話に時折登場する「結核療養所」は家にも程近く、確か学校からも遠くなかったので何回か行ったり忍び込んだりした記憶がある。
 話も不可解で興味深い。明快な怪談、というわけでは無いのだけれど、裏に何か隠されているような気味の悪さもあり、印象に残る話ではあった。

 「松と不始末」この話が本当なら、やはり神田明神に行くことは出来ない。
 一応我が一族の先祖は「俵藤太秀郷」正確には藤原秀郷、ということになっている。「風と雲と虹と」では露口茂が演じた人間だ。古過ぎるか。
 これが判る方であればすぐに察しは付こう。
 そう、この下野押領使藤原秀郷が倒した相手こそ平将門なのだ。
 なので、それを意識して以来、神田明神にも首塚にも行ったことが無い。
 大手町辺りを通ることは時折あるものの、幸いに偶然その前を通過して、ということも今のところ無い。うまく避けているのだろうか。
 神田明神は建物が登録文化財でもあり、一度行ってみたい気はしているものの、それで何かあっては元も子もなし、未だに踏ん切りは付かない。

 「揺れる」の語り手は、幾ら怖かったからとは言え、祖母を見殺しにしてしまうというのは酷い。何も無かったから良かったようなものの。すぐに再度訪問していないのも薄情なものだ。

 感想を書けそうな話をピックアップしようとしてもあまり引っかかってはこない。
 元々彼の怪談は怖くないことが多かったとは言えあまりに寂しい。
 往年の因縁譚のような密度の濃い話をまた是非読ませてもらいたいものだ。