戸神重明/恐怖箱 深怪


 この著者はこれが初単著だそうだ。
 あまり強烈な個性は感じられず、怪談のレベルも大分ばらつきが多い、という印象。
 しっかりと描き出されているものがあったかと思うと、ぷつり、と話が途中で打ち切られてしまったようなものあったりして。

 とは言え、印象に残るあるいは好きな話が結構あった。

 「エゾヤマネコ」人の死に関わる怪異、というのは時折あるけれど、それが霊獣のようなものと結びついている、という話は目新しい。
 しかも見えている動物は、イギリスのUMA黒犬獣を思わせるものがある。

 「狂月」の怪異は何だかとても妙な感じで、その何ともちぐはぐな印象、因果のまるで判らぬ理不尽さなどがかえってリアリティを感じさせてくれる。
 しかも最終的に物理的な痕跡を残しているので余計だ。

 「置いてけ堀」は好きな空間移動譚。
 ただ、トラックに後部座席が無い、というのは明らかな間違い。
 トラックにもダブルキャブという後部座席のあるトラックが存在しており、確認したら大型トラックにもラインナップはあった。昔はトリプルキャブ、という三連になったものもあったのだけれど、こちらは中古しか当たらないのでもう作ってはいないのかも。まあ、トリプルキャブみたいな変なものを作らなくても、ワンボックスカーとトラックに分ければ済む話だからな、現代では。ワンボックスカーなど無かった頃に需要があったものなのだろう。
 何だか、怪談とは全く関係の無い話になってしまった。
 内容的には後部座席であることは何ら重要では無いし、トラックそのものが怪異では無かったとしてもこの話の不思議さは聊かも価値を減じるものでは無い。
 むしろ余計なものが付いて話の核がぶれかかっているようにも感じる。

 「ふんだりけったり」では、事故がその後の現象の糸口であったようには思えるものの、起きる怪異は当事者とは全く関係が無く、しかも一定しない。何とも奇妙な話だ。
 しかも火が起きてしまうなど結構な実害まで齎している質(たち)の悪い案件である。
 事故をきっかけとして、異界への扉を開いてしまった、ということなのだろうか。

 「歌う焼き芋屋」も怖さなど微塵も無いけれど、不思議で仕方ない。
 一体何をしたい怪異なのかまるで見当も付かないし、そのやけに間延びした間隔もどういう基準なのか分からない。
 そして、何よりこの話では語り手だけで無く、その家族も一緒に体験しており、その信憑性が高い、ということも注目できる。

 「群馬の置物」に見られるような未来を予言するかのような話も興味深い。
 しかもその幸せな話と置物とのミスマッチも、謂われがそれ程深くない、というところも面白いところだ。

 「再会」のハートフルな話のように見せかけておいて、一転怨念話に転換してしまうところが凄い。なかなか良い話だ。否、結末は全然良くはないのだけれど。
 この当事者の間に何があったのか、とても気になる。まあ想像はつくのだけれど。

 「ドイルの散歩」も暇なじいさんの軽い話かと思いきやどんどん危険な話へと転げ落ちていく。
 この話では、通例あまり得ることが出来ない、「電話ボックスで何があったのか」という内容まで取材できているのが貴重である。想像も出来ないもの、というのでは無いにしろ、体験者が皆亡くなってしまっている事例でもあり、実際のやりとりを知ることが出来る、というのは大変に興味深い。
 一度助けた人間が、やはり逝ってしまったというのは救われない。
 一体どういう力なのだろう。

 「雨の登校班」も事件当初からある程度想像できた話ではあるものの、その因果によって起きる事実がかなり厳しい。しかもその最期も多彩で飽きさせない。
 最後に、本来なら恨みを受ける対象では無い筈の語り手etc.にまでとばっちりが来てしまいつつある、というのは気になるところ。この後果たしてどうなるのか、不謹慎と言われようと知りたいと思わない人間がいるのだろうか。

 「殺しておくれ」では、語り手に対する人間的な興味も尽きないところながら、ある種神のような現象も、そして、それが最終的にきちんと因果応報に終わるところも印象に残る。

 「あとがき」の話も結構面白い。
 彼らが遭遇したのは、異世界への入口だったのだろうか。そこへ行くと本当に行方が知れなくなってしまうのか。
 「トワイライト・ゾーン」や「ウルトラQ」の世界へ誘われているような感じだ。

 「真昼の高速道路」は明らかに弱い。
 語り手の罪悪感が見せた幻覚、のように感じられてしまう。
 子供が見たのはあくまでも赤い車、というだけで、それが全く同じものであったのかどうかすら判らない。
 
 前半比較的軽めの話で淡々と進めながら、いつの間にか怪異の世界にどっぷりと浸からせてくれた。
 さらっとした書き方なので、本来どろどろした話もすっきりとした印象になっている。
 それはプラス面マイナス面両方があるところではあるものの、そちらには重鎮が何人もいるし、これもまた一つの方向であろう。

 強いて言うなら、この作家についても一つ一つの話をもっとしっかりと描いてくれても良いようには思う。
 人によって当然ながら好みもさまざまで、あまりだらだらと長いよりもより沢山の話を載せて欲しい、という方も多いようだから、ぼくのような意見は少数派なのかもしれない。
 でも、雨宮淳司のように例え十数編でもじっくりと読める方がより一編一編の深みが増して印象も強くなるようには思うのだけれど。
 それには、怪異の内容自体がそれに耐え得るだけのものになっている必要があるから、結構難しいのかも。
 ともあれ、思いがけず充実した内容の本に出会うことが出来た。

 
 

FKB 怪談幽戯


 何だか内容が薄い。
 「狂気系」と「心霊系」の二段重ね、と銘打っているけれど、どちらもそれ程凄みは無く、単に話が集まらなかったので寄せ集めてお茶を濁したのか、と思わざるを得ない。
 最近平山氏自身の怪談もえらく薄味のものが多いけれど、そのテイストが皆に伝染してしまったのだろうか。

 狂気系の方は特に印象が薄く、読後一日でもうあまり記憶に残っていない。
 最近ではニュースネタでもかなり逝ってしまった方々が登場してくるようになってしまったので、ちょっとやそっとではこちらも驚かなくなってしまっている、ということもあるだろう。
 最初に平山氏が「東京伝説」を書き出した頃は、そんな人間本当にいるもんだろうか、と怪しんだりしたものだったけれど、あの連中、今や日常に溢れている。

 「死臭が染み付く」なども、その内容のほとんどが語り手の想像ばかりで、怪異と呼べるものは、わずかに時折現れる黒い影程度。そういったものでは心理学的な解説も可能なレベルだ。
 最後に語り手から死臭のようなものが感じられた、というところにしてもそれが何らかの理由によって彼女の体から普通に出ている、という可能性を否定出来るものでは無い。 思わせぶりなわりにかなり失望させられた。

 「クラゲ風呂」は、その妙なリアルな感触が印象に残る。流石官能作家、肉体的な質感を表現するのが巧みなようだ。

 黒木あるじの作品群、それぞれは大したものでは無く、目新しさも無い。
 このところかなり著作も相次ぎ、完全にネタ切れか、と思わせながら、それを一編の因果譚で見事に繋ぎ合わせ、その場所の凄さを改めて感じさせてくれる。
 これまでに無い表現手法であり、久々に怪談であっと驚かされた。ミステリーを読んでいたかのような爽快感を味わえたのだ。
 上手く誤魔化された感もしなくは無いものの、最後に楽しませてもらえて読後感は悪くない。

 どうもやはりアンソロジーというものは責任の所在が明確で無くなることもあってか、良い作品集になることはほとんど無いように思う。
 せいぜい加藤一氏が行なっているように三人位の著者で分担する、あたりまでだろうか。 まあ、それでも発売されれば買ってしまうんだろうけれど。
 売り手の罠に嵌められてしまう自分が悔しい。

 
 

北野誠の実話怪談 おまえら行くな。 畜生道編


 今回は松原タニシ氏の住んでいた部屋に纏わるレポートと、TV番組で取材したスポットのレポートが中心。
 なので、通常の怪談本とは印象が異なっている。

 どちらも、ほとんどが音やオーブばかりであまり恐怖が感じられない。
 特にオーブは既にかなり解明されている非心霊現象である可能性が高いので尚更だ。
 まあ、ここでは物凄いボリュームで登場しているらしいので、そうだとするとゴミや虫では説明がつき辛いかもしれない。ただ、所詮はオーブ、というところからは逃れられず。
 肉眼では見えず撮影したら現れてくる、というライブ会場など典型例だ。そうしたところでは、かなりいろんなものが舞っているものだし。

 しかも、途中で風呂と別の部屋における湯気の話が書かれている。
ここで大きく認識が間違ってしまっている。
 彼は、「風呂内に湯気が映っていないから、別の部屋で映るわけがない」と結論づけている。
 そんなことは無い。
 湯気というのは室温が低いところで水蒸気が液化する(水に戻る)ことにより発生するものである。
 だから、風呂場のように室温自体高いところでは発生し難く、その空気が別の寒い部屋に出たところで一気に出てくるものなのだ。
 風呂から出る時の様子を自分で観察すればすぐに判ることだろう。脱衣場に来ると、体中から湯気が立つのを見るのも、ごく普通のことだ。
 こうした極めて基本的なところで誤認をしてしまっているので、その他の報告も怪しく感じられてしまう。何より湯気である可能性が否定できない。

 リスナーからの投稿もあまり新鮮味のない恐くも無い話ばかり。
 それを北野誠の全くどうでも良い話が付け加わって二倍に水増しされてしまっているので、何とも物足りなさしか残らない。

 彼の「おまえら行くな。」はスカパー!に加入していた頃は毎回観ていたので、ちょっと懐かしい。
 しかし、結局どこに行っても、多少の物音やここでもオーブ位しか 怪異が起こることはなく、ただ、不気味なスポットの映像を楽しめる、というのが一番の魅力という番組ではあった。
 なので、それを文章化したこのレポートもおよそ怖さからは遠い。
 これってただの大人の肝試しのようなもので、当事者はそれなりに恐かったり盛り上がったりはしているのだろうけれど、それを聞かされたところで何一つ面白いものでは無い、ということなのだろう。

 独特の語り口は嫌いでは無いし、読んで後悔したり金返せ、と思うようなものでは無いのだけれど、要はそれなりに楽しめはするのだけれど、後でこれ、と思い出すようなものが何一つないのもまた確か。
 まあ、箸休め的なもの、と考えれば悪くはないのかも。